2017. 03. 06  
 『夢ガーデン』のあちこちに、薄いピンク色や白色のクリスマスローズが咲いてます。イギリスのクリスマスの頃にバラに似た花を開花させるのが、この名の由来だそうですが、交配され品種改良されて最近人気が高まった種は、春浅きこの時期に咲きます――名は体を表していません。ある人が言っています。「これは、クリスマスローズでは無く、スプリングローズだ」と。
 寒風の中でもしっかりした緑葉を持ち、その長くない茎の先に、花と見まちがう五つの萼が開いています。固く握りしめた拳(こぶし)を半開きにした様な萼は、うつむき加減に下を向いてつつましやかです。陽に向かって伸びやかに大きく咲くイメージが先行する「スプリング」よりも、多くの草花はまだ弱々しく、木々の蕾は膨らみ始めたとは言えまだ固さの残る今の時期では‘早春’を冠に使った方が良いのでは。こう呼びましょう。『アーリースプリングローズ』。

白ピンク


 ほんのこの間、新年の挨拶を済ませたのにもう弥生三月です。時間が経つのが早過ぎます。年を取ると時間が経つのが子供のころよりも早い、と感じる理由を「同じ1年でも、10歳の子供にとっては人生の10分の1であり、60歳の大人にとっては60分の1である。年齢に対する比は小さいほど時間が短く感じられるので、加齢によって時間が短く感じられることになる」と理解していました。この考え方、ジャネーの法則と言う事をも今回初めて知りました。
 数日前、これは実験などで実証した法則では無く、日常経験の直感から導いた仮説に過ぎない、と書かれた本に出会いました。時間潰しに岩国中央図書館に立ち寄った時です。特に探したい著者も無いので、書棚の上から下へ、右から左へ、翻って左から右へと漫然と著書名を追いかけていた際に、『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)と言う本にぶつかりました。著者は、実験心理学を研究している一川誠(いちかわまこと)と言う大學准教授です。なにせ、書かれた初版が10年近く前ですので、今は教授になられているかも知れませんが。



 著者は、この本の中で実験心理学を使い「仮設」である事を論じられていました(実験心理学なる研究分野がある事にも驚きました)。では何故、年を取ると時間が経つのが子供のころよりも早い、と感じるのか。未解明の部分が沢山あるとの前提で、夢耕人流に著者の結論を雑駁にまとめ、且つ私見を加えるとこうなります。
  加齢と共に、情報処理能力が落ち、判断力は鈍り、体力は低下
  してくる。これまで一定の時間を掛ければ出来た事が、どんどん
  出来無くなる。
  特に、なにかをやり遂げる必要が有った課題を、時間内に
  出来ず、過ぎ去った物理的時間に驚き嘆く。
  「もうこんなに日が経ったの!」「もう一年は終わりなの!」。 
  そうです、私達やそれ以上の世代の人は、日常的に、「時間が
  早いね」といいますが、これは「年をとったね」と言っいると
  同じ事なのである。


 嫌ですね、この結論。そしたら、早く感じる時間を少しでも遅くする方法はないのでしょうか?。
 本の中にヒントが有りました。まとめてみると、次の様になりました。
①入手可能情報が多すぎる現在では、「やりたい事」が多すぎます。しかし、「やりたい事」と「出来る事」をはっきりさせる事が、まず必要です。
②「やりたくて出来る事」には、十分な時間を割り当てます。
③「やりたくても出来る余裕のない事」は、さっさと諦めるか、大幅に時間配分を変えます。
③時間が足りなくなるので、「やってもやらなくても良い事」を思い切って捨てます。
こうすれば、「やりたい事」が、設定時間内に出来る。すなわち、時間は早く過ぎる、と感じない。

フリーマーケット
 隣町の造園業者が、月一回「フリーマーケット」を開いています。夢咲人の友人を誘い三人で出かけてみました。結構広い屋外スペースが確保され、その一角では小さな‘ライブショー’も開催され活況を呈していました。
しかし、出展物のほとんどは女性と子供の衣類とオモチャでした。夢耕人が興味を引きそうな物は有りませんでした。
「ぼちぼち帰ろうか!」と言う夢耕人に対して、「もう少し待って!」。この「もう少し」の物理的時間は同じですが、二人それぞれにとっての時間の長さの感じ方は、やはり違います。
そして、春は、「もう来たのか!」、「やっと来たのか!」――この中にも、感じる時間の長短が入っています。






       
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2017. 02. 20  
      Dendrobium kingianum
    デンドロビューム
小さな花が下向きに沢山付ける、“可愛さ” が売りです。

 数日前、気象予報士が「山口県を含む九州北部地方で春一番が吹きました。山口県では二年ぶりです」と、少し嬉しそうに言っているTV画面を見ながら「うん?」と思いました。その日は、行政区分とは関係無しに起こる気象現象だから、県東部に位置する『夢ガーデン』では風の力が弱い良い天気だったからです。
 そして、春一番が吹かない年があるのかと、不思議に思い気象庁のHPを閲覧すると、「冬から春への移行期に、初めて吹く温かい南よりの強い風」を春一番と定義していました。でも、「冬から春」のもっと具体的な日時は?、「強い風」の風速はどの程度?、疑問は解消されません。そこで他を検索してみると、どうやら、①立春から春分の間で初めて、②日本海にある低気圧に向かって吹く温かい南風が、③10分間平均風速で 8m/秒以上の強い風のことのようでした。これらの条件が揃わないと、春一番は吹かない事になります。合点出来ました。さらに、春二番、春三番は無いと記された記事もあり、有るとの見解も見受けました。

 ところで、一番には驚嘆や賞賛を込める場合が少なくなく、記憶や知識に残ります。「日本で一番高い山」、「世界中で一番人口の多い国」、「この分野で日本の中で一番の実力者の〇〇さん」、「ワールドチャンピオンの△△さん」等々、多くの人が知っています。
しかし、二番、三番となると知名度がドンと落ちます。「富士山の次に高い山は?」、「中国の次に人口の多い国は?」と聞かれて、即答できる人は多くない気がします。でも、一番から三番までが非常に重要で記憶に残る人達がいます。オリンピックのメダリストです。金メダリストは言うに及ばず、「〇〇オリンピックで銀メダルを取った誰々さん」とか「元オリンピック銅メダリスト」と呼んで紹介されます。
 一番にはウキウキし、二番三番は呼んでも呼ばなくてもいい、そんな気分の『春一番』です。

 庭に黄色い小さな花を付けた(西洋)オキザリスが咲いています。形を少し崩したハート形三枚の葉っぱから茎が伸び、金管楽器の様な筒状の花は先端で大きく開き五つに割れています。この花は、日中は開き、陽が陰ると萎む性質があります。理由をネットで調べて見ました。「陽に当たると、花の内側の方が外側よりも細胞の成長度が大きく増加して外側に反り返る。つまり花が開く。陽が陰るとその逆になり、花は閉じる」、とのことでした。小さな花すべてが ‘ 光量センサー ’ を持っている事になるのです。情報を捉えたセンサーは花に成体反応を促します。本当に驚きです。
 このセンサーは小さいけれども、少々の風が吹いて揺れ動いても壊れる事がない、振動衝撃に強いのです。そこで、光量変化にどの程度の反応速度があるのか、晴れた日に定点観測をしてみました。

8時44分 10時33分
   8時44分            10時33分


12時33分 15時17分
   12時33分           15時17分


16時35分 17時39分
   16時35分           17時39分


 朝が遅い冬場とは言え8時44分には日の出からか1時間半経過していますが、花はまだ開いていません。10時半頃になると、光量センサーが作動始めるようです。お昼頃は「どうだ!」と言わんばかりに full open 。『夢ガーデン』の西側には高い竹林が被いかぶさっているので日の入りは、早い。15時を過ぎると花の勢いに陰りが出てきます。17時過ぎると花は言います「good night 」。
太陽高度がまだ高くなく光エネルギーが弱い低い為にか、センサーの応答速度は鈍い気がします。では、曇天の日や雨が降っている時の開花は?、日が暮れても光りを当て続けると花は閉じないのか? ――― たとえ小さな花でも、‘科学の扉’を軽くノックします。

 庭の花をゆっくり観察出来るのは、まだ冷たさが残る風の中にも日差しが柔らかくなって来たからでしょうか。
1970年代後半に若く可愛い三人のアイドル娘が歌い大ヒットした、「もうすぐ春ですね 」を感じる時がやって来ました。
2017. 02. 08  
 「―― こさめながるるはるはきにけり」(会津八一)、と詠うにはまだ寒い日が続く中で立春が過ぎました。ただ、気圧配置の‘妙’なのか、立春の日は、春への移ろいを感じさせる様な日中(ひなか)で、風が無く、優しい陽が注いだ晴れでした。夜半からは静かな雨模様に変わり、まさか「はる」の「こさめ」ではないか、と思いました。

   ラッパ水仙
DSC_0007.jpg少し早いが咲いてます

 新聞各紙の朝刊一面にコラムの欄があります。朝日新聞は「天声人語」、読売新聞の「編集手帳」、毎日新聞には「余録」、そして産経新聞では「産経抄」などです。執筆者は、季節変化を感じるしなやかな皮膚感覚を持ち、政治の動きに鷹の様な鋭い目を光らせ、社会の声を聞き分ける兎の耳を持っておられる方々に違い有りません。そんな人達にとって、二十四節気に当たる日は話題の尽きない‘ネタの多い’日だと思い、図書館で2月4日の各紙のコラムを読み比べてみました。
 意外でした。購読している朝日新聞では梅の花の話題を記した文中で「きょうは立春である」、と接続詞的に一言出てきただけ。他の各紙は、立春に直接結びつく‘筆’が有りません。読売新聞は雪を被ったこの時期の富士山を題材にしたもの、毎日新聞では、昨夏の芥川賞受賞作の感想文コンテスト青少年の部で最高位になった女子高校生の話題、産経新聞には自転車の安全走行に関する啓発ものでした。「先が見えず変化の激しいとき」(天声人語)なので、コラムニスト諸氏も時代にキャッチアップするのが精一杯なのでしょうか。そして、現在、マスメディアで二十四節気を頻繁に使うのは、気象予報士だけかも知れません。

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Cattleyaの血をひくPotinara

 今、夢咲人は家の中では洋ランの植え替え、外では花壇のメンテナンスに集中しています。
 先ずは洋ランの植え替え。
古い鉢から洋ランを取り出し、古い水苔と傷んだ根は取り除き、大きくなりすぎた株は一回りおおきい鉢に移し替えるか株分けをします。その後、新しい水苔を根に巻き付け鉢へ押し込んで完了です。その際、ハサミなど使う道具は全て焼いて消毒します――この点が重要なポイントだそうです。合わせて、ネームプレートの確認や支柱を再セットをします。植え替えを終えると十日間は水をやりません――根の吸水力が弱いからだと教えられました。
 何故今年は植え替えにこれ程まで、注力するのか不思議でしたが、どうも、今年の洋ラン展で、「優秀花賞」を逃し悔しかったのが動機みたいです。「来年こそは!」との思いが強いようです。気合いが入っています。
米国新大統領風に言えば、Make My Orchids Beautiful Again !  なのでしょう。

 春から秋にかけて『夢ガーデン』は、花木の手入れや草刈りに追われるので、花壇のメンテナンスやデザイン修正、崩落した場所の修復など‘インフラ整備’は、この時期に行います。
 花壇の縁の資材は二種類あります。コンクリート品質検査用テストピース、ガーデンブロック、ガラスブロック、古瓦、河原から拾ってきた石、田んぼの畦作り用の波板などの半永久的に使える物と、切り出した孟宗竹や太い木など‘賞味期限’のある、生ものです。作ったときは青々として清々しさがあった孟宗竹も年月が経つと薄茶色に変色し、木の皮ははげ落ち中心部はスカスカに朽ちていきますので、どうしても取り替える必要が出てきます。孟宗竹はすぐ横の竹林から切り出せますが、太い木を確保するのは難儀な作業です。だから、花壇の縁は順次、 半永久的資材に変える事にしています。そして、この作業は「今でしょう!!」。

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 夢咲人は今これに精力的に取り組んでいます。古瓦を数枚立てた後にテストピースを置く、そのテストピースを場所によっては寝かせる、和風色を強調するには石をずらりと並べたり、根域制限を兼ねた波板設置など、結構工夫しながら作業に夢中です。樹木の根が張りだしている所はツルハシで地面を掘り起こし、資材を水平に保つ為に水平器で確認しながらハンマーの頭で立てた部材の頭をコンコンと叩き、倒れない様に回りはクラッシャーランで固めます。このハンマーは1.4kgもあるので結構な重労働です。手元が狂い左手の上にハンマーを打ち下ろしたのも1度ならず。黒い内出血が薄くなり腫れが引くと、また作業開始です。憑かれた様に作業するので、疲れるでしょう........。

DSC_0010.jpg 石P1020448
フジバカマP1020449 DSC_0015.jpg

 一方、夢耕人は、冬場に立ち枯れた草木の整理と竹林の整備に追われています。それらを一箇所に集め、風が弱く、雨模様に変わる日を選んで焼却処分作業がメインです。時には、夢咲人の作業に必要な資材を運搬するトップカーを走らせています。

 『夢ガーデン』の梅は、まだ小さな蕾です。春は立っていません。
「はーやくこい」と願う‘みよちゃん’の声が聞こえる気がする、立春の頃です。
2017. 01. 27  
 「新春を寿ぎ」と温かい春の到来を喜んで書かれた文面の記憶が残っているのに、一年で一番寒い“大寒”がやって来ました。陰暦から新暦に変わり、季節感に一ヶ月の違いがあるにもかかわらず、「新春を寿ぎ」の言葉が残っているのは、年が変わり、物事が新たに始まる季節は、やはり、春が良いのかも知れません。そう言えば、英語の“spring=春”にも、勢いよく飛び出すことを連想される“spring=スプリング、泉”の意味が有ります。

 シンフォニア岩国の会場を借りて、岩国蘭友会主催の『新春洋ラン展』を開催しました。より綺麗に、より大きく開花する様にと一年掛けて育てた洋ランの晴れ舞台です。粉雪が舞い、山間部では積雪まであった二日間でしたが、千人を超える人が訪れました。『夢ガーデン』オーナー二人の作品も満を持しての参加です。

 前列左側は夢耕人の「寄せ植え」です。孟宗竹のベースの中央に今年の干支・酉の置物を配置し、周りを Cattleyaをメインにした花々で飾りました。後列には夢咲人作品。白い清々しい Cattleya が在り、すらりと伸びた Laelia anceps が背丈を競っています。前列右耑には小さな Paphiopedilum が可愛く座り、バックの壁には品の良い薄紫の花の Vanda もハンギングしました。

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 昨年の展示会では夢咲人が『優秀花賞』、夢耕人が『ディスプレー賞』を受賞したので、今年も、と意気込んだのですが、「栽培に励んだ点や、飾り付けの労は多とするが、花の姿形としての評価は『努力賞』止まり」、との審査結果で、少し残念でした。



 そして今年の最高位『岩国市長賞』は、ベテラン坂本さんの Cattleya trianae でした。確か、坂本さんは昨年も市長賞受賞だった気がします。
 『岩国市長賞』をジッと見つめていた夢耕人の側に寄ってきた高齢のご婦人が、「立派な賞のこの花よりも、私はこれの方が好き」と nontitle 花を指さしながら話しかけて来られました。経験豊かで、栽培技術の難度を知り尽くしている審査員の目と、一般の人の好みが合致しない事が、美を愛でる世界にも有るようです。例えて言うならば、プロ野球内野手のゴロさばきでも、「難しいゴロを、簡単そうに捕球する」よりも「簡単なゴロを、派手に捕球する」方が、ファンに受けが良い――こんな差かも知れません。

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 洋ラン展開催中に当施設のイベント情報から、綾戸智恵が出るコンサートが有る事を知りました。小柄な体でパワーフルな歌い方はTVでしか見たことが無く、「何時か機会があれば、生で」と思っていました。高い入場料を気にしながら空席状況を確認したら、「まだ空席があります。今ならS席をペアーで購入されるとデスカウントします」、との返事。何と隣同士のS席二枚買うと、正規価格の6割で、座席2ランク下のB席よりもやや高い程度――早速チケットを購入しました。二週続けてのシンフォニア岩国行きです。

 綾戸智恵は、ハリウッドフェスティバルオーケストラの『ニューイヤーコンサート』のスペシャルゲストシンガーでした。
このオーケストラの演奏曲目は、名前の通り、開演直後から、スーパーマン、インディージョーンズ、タイタニック........と、「懐かしの名曲からハリウッド最新作、ゲストのヒットソングまでカバーする」(宣伝パンフ)ものでした。そして、途中からステージ後方の壁に曲に合わせて映画の一部が映し出され、目と耳を楽しませて貰いました。ただ、時としてナイーブに、又、時として激しく旋律を追いかけるバイオリンなどの弦楽器の数が少ないのと、会場を切り裂く様なトランペットなどの管楽器の迫力が気になりました。この事は後で登場した彼女が、ハーモニーの見事さを認めながらも、いみじくも、「経費削減の為か、数が少ないね!」と言っていました。夢耕人の‘耳’もまんざらでも有りません。

 恰幅の良い黒人男性のボーカルに続き、彼女の登場でした。その第一声が「毎度、おおきに」。日本語が解らない楽団員は、「何故、可笑しいのか?」、とキョトンとしている中で、コテコテの大阪弁に会場は大爆笑でした。渡米してジャズを歌い、黒人男性と結婚して一児の母になり、そして離婚。帰国後は、脳疾患の母親の介護で死まで考えたが、それを乗り越えた強烈な人生経験を持つ智恵キャラの真骨頂かも知れません――逆境を乗り越えた人、特に女性は強い。
 150cm足らずの上背しか無いと見受ける体から発声する歌声は、やはり、迫力がありました。1957年生まれと言うことなので、『夢ガーデン』オーナーとちょうど十歳違い。「あんたら、もっと元気をださんと、あかんでー」と言われた様な気がした、楽しいコンサートでした

 寒さで萎んだ体を膨らますには、『新春』のウキウキ感が欠かせなく、『ニューイヤー』の清々しさも必要です。
2017. 01. 09  
新しい年が明けました。
 左は夢耕人の中学時代の同窓生の恒例作品
 右は夢咲人の力作.....縁起物がぎっしり
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 晴れて風も無く穏やかな天候に恵まれた、石川啄木の詩の通りの、元旦でした。
    何となく、今年はよい事あるごとし。
    元日の朝、晴れて風無し。


 ところが、新聞やTVでの『今年の展望』を見聞きすると、国際的には、頻発するテロ、戦乱を避ける多数の難民の流出、偏狭な過激思想で国論を分断をする政治勢力の台頭、英国のEU離脱、中国の膨張政策、隣国韓国の混迷など、「よい事ないごとし」の感があります。
そして、最大の不安材料は米国次期大統領の政策展開です。まだ就任していないトランプ氏のつぶやきに、世界中が振り回されている様です。新聞掲載川柳の欄から引用させていただきます。
     新年は一月二十日からのよう

 一方、国内では社会保障の問題、格差是正の取り組みなどは形だけで解決策は先送りしています。“先”が無いのに“先”に送る政治は、イソップ童話のキリギリスです。そして、現政権は、経済が上昇し始めると憲法問題を持ち出し、逆に経済政策が旨く回らないと引っ込める、を繰り返しています。その経済政策も、金看板の「三本の矢」は失速しているにも関わらず、有効な次の“矢”を打てていません。そして何よりも、「何故、自分達への支持率が上がらないのか」を知らない野党の存在は、高い支持率を誇る首相にとっては、「今年もよい事ある」のでしょう。首相にとって「よい事」が、国民にとって「よい事」とは必ずしも言えませんが。

  
  改札口から弾けるような笑顔で飛び出してきた孫達を、優しく嬉しそうに出迎える祖父母――この時期TVで必ず放映される帰省ラッシュの映像ですが、『夢ガーデン』にも、小晦日(こごもり)と大晦日に、娘達がそれぞれ孫を連れて帰って来ました。孫の甲高い声に驚き、成長した姿に喜び、笑いも途絶えることはありませんでした。トランプリスクがあるとか、少子高齢化で財政が破綻しないかとか、心配すればその種は尽きませんが、「それはそれ」と割り切れば、年末年始はジジババにとっては golden week かも知れません。 

 『紅白歌合戦』を横目で観ながら、すき焼きに箸を伸ばし、時間が下がり孫達が眠った頃には蕎麦を食べて年を越しました。
明ければ、お屠蘇を頂き、ワイワイ言いながら夢咲人手製のお節料理を食べました。最近、お節料理を作らない家庭が増えたと聞きますが、「この素材はどこで手に入れたの?、どう味付けしたの?、縁起物の謂われは何?」などを話題にする事自体、世界中で追い風を受ける和食の味に‘奥行き’をもたらすのではないでしょうか。
 
 元旦の午前中、皆んなで『夢ガーデン』を散策しました。この時期花が少ないので、伊予柑の実の付き方をゆっくり見ました。
正月料理を席捲する和食に対して、昼食は洋食ピザの登壇です。夢咲人の作るピザのトッピングは、試食した人全てが絶賛です。
そして今回は、夢咲人が孫二人に生地の作り方を伝授しました。二人共、結構真剣でした。孫達にとって、このピザが「今風おばーちゃんの味」になるかも知れません。

ミカン ピザ

 元旦の昼からは、隣町の『フラワーランド』に出かけ、餅まきの餅をひらい、ゲームに興じ、遊具で遊びました。孫達はとても楽しそうでした。「楽しそう」を見て「楽しい」のだから、ジジババは、やはり、孫には甘い。

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 次女一家が帰った翌日、長女親子を連れて呉市の『大和ミュージアム』へ出かけました
『夢ガーデン』オーナー二人も呉市を訪れるのは初めてであり、『大和ミュージアム』がどんな所か見当もつきませんがでした。でも、当時としては世界最高技術を使い、どうやって戦艦大和を造ったのか、そして、何故撃沈されたのかなどを、軍港とした発達した呉の歴史を織り交ぜた興味深い展示館であり、わざわざ出かけた価値がありました。特に実物の十分の一の模型は、兵器としての力強さよりも、船としての美しさを感じましたし、最高技術の詳しい説明も感心する所も少なくありませんでした。小学五年生の孫も「ショボイのではと思っていたが、良かった。」と言って関心を示していました。ただ、当時の最大射程距離を持った46センチ主砲の“戦果”が「展示されていないなー」、と疑問を持ちました。その時は「たぶん見過ごしたのかな」、程度の思いで舘を後にしました。

大和と澄子 DSC_0394.jpg

 帰り際に館内ショップで軍事評論家、戦史研究家、作家などの論客の座談会を本にまとめた『零戦と戦艦大和』(文春新書)をお土産として買いました。読んでびっくり。なんと、大和は「実践ではほとんど働いていません。(略) ほとんど一発も敵艦船に命中させることなく、沖縄特攻で沈んでいった」と。
 思えば、太平洋戦争の戦端を開いた真珠湾攻撃の成功で日本軍は、「これからの戦争は航空機の時代であり、必要なのは戦艦ではなく、空母である。」事を学んだはずです。しかし、起工から四年を要した戦艦大和が、真珠湾攻撃から十日待たずに竣工しているのです。そして、少ない護衛戦闘機だけで沖縄方面へ出撃させられ、圧倒的な数を誇った米軍攻撃機の猛攻を受け、三千名を越える乗組員と共にあえなく最後を迎えました。軍上層部も「航空機の無い戦艦では戦いは出来ない。」と判っていたのでしょうが、突っ込ませました。大和が海底に沈んだ日から遡ること六ヶ月前、名機と言われた零戦にも特攻を命じています。
指導者の狂気の判断は、莫大な人々の“未来”を奪います。これは、戦争だけに限りません.....。
 お屠蘇気分に浸った中で見た“大和”からは、「どんなハイテク装置器機でも、その限界に気づかず無茶な運用をすれば、無残な結果が来る。ひょっとすると、原発もか!」との思いを抱かせました。

  先達の 言葉身にしむ お正月
    仲良きことは 美しきかな   ――  夢咲人 

 
2016. 12. 29  
 『夢ガーデン』オーナー二人にとって、それぞれ昔懐かしい人が、二日続けてやって来ました。

 最初の日は、夢耕人の学生時代の同級生。「近くまで来たので、今から行ってもいいかい?」との電話が有った時、一瞬「誰?」と思ったものの、珍しい名字なので直ぐにN君と判りました。最後に会ったのは四十数年前で、その後は、一年に一度の年賀の挨拶に書かれた数行で動静を知るだけした。しかし、セピア色にくすんでいく記憶の色も、顔を見た途端、彩度が高くなりました。これは‘同じ釜の飯を食う’時間が濃密で有った証かも知れません。

 早速、『夢ガーデン』を案内しました。この時期花が少ないのが残念でしたが、如何に荒廃した田畑をREBORNしたのか、作庭に際して随所にどんな形で“創作”を入れたのか、花木の配置をどうしたのか等々を説明しました。

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N君の花木の知識が詳しいのが意外でした。夢咲人曰く、「あんたよりも、よく知っている」。そして後日、「毎年たくさの花が咲く、手作りのガーデンを見せてもらって良かったです。」と写真と共に届いた礼状にありました。

 一巡した後、部屋の中でコーヒーを飲みながら昔話をしている最中、N君がリビングに飾っている夢咲人作のモラ刺繍に大変興味を示しました。「モラ刺繍て、何?」、「どう縫うの?」、「デザインは誰が造るの?」等々。写真も盛んに撮っていました。夢咲人は、「来客の中でモラ刺繍の写真を撮った人は初めて!」と、いたく感激していました。聞けば、N君はいまでも針を造るメーカーの技術アドバイザー(?)をしているらしく、「なにで、どう縫うのか」には“技術屋の血”が騒ぐのかも知れません。

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 翌日の来園者は、夢咲人が教鞭をとっていた時の教え子のジュンコちゃん。夢咲人にとって、スペイン人の夫君と彼女には8年前に会っていますが、今回は小学一年生の愛息を連れての再会です。夫君が観光関連の仕事をしている地中海の大きな島は観光オフシーズンの為に、この期間を使って一家は帰国(夫君にとっては来日)し、里帰りしたそうです。彼女の実家は広島市近郊にあり、このブログを見て、「是非、先生にお会いしたい。」と、思い立ったとの事でした。

 確かナオキ君と言った彼女の愛息について驚いた点が二つありました。一つ目は、夢咲人に言わせば「条件さえ合えば簡単」らしいけれども、たった一ヶ月程度でも地元の小学校に通える事です。企業活動のグローバル化が進み、一時的“帰国子女“”が珍しくない現在では、こんな事は簡単と言うよりも当然なのかも知れません。でも少し驚きました。よその国の事情は知るよしもありませんが、たとえ使う言語が違っても、義務教育制度が整った国の教育課程の年齢毎の進捗度は似た様なものなのでしょうか。そして、「すべての国民は、(略)、ひとしく教育を受ける権利を有する」と詠う憲法26条は、やはり良い、と思いました。
 次に驚いたのはナオキ君のバイリンガル。あまり日本語が得意でない父親と話す時はスペイン語。母親との会話はもっぱら日本語で、それも広島弁。大したものです。そう遅く無い時期に彼は英語も身につけるでしょう。そうなれば彼はトリリンガル。頑張れナオキ!!。

 夢咲人の手作りピザを皆んなで食べて後は、冬の『夢ガーデン』散策です。
初めて『夢ガーデン』を訪れた人は、先ず、この広さには驚きます。彼女達も例外ではありませんでした。所々で立ち止まりビューポイントの説明を聞きながら頷いていました。夢咲人も以前の写真を広げ、「before & after」を熱く語っていました。そう言えば、夫君も盛んにカメラのシャッターを押していました。ついに、『夢ガーデン』もグローバルにステップアップ――と、かってに思っています。

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 一家が広島に帰る途中、ナオキ君が行ったことが無いとのことで、錦帯橋を案内しました。
岩国駅での別れの際、ナオキ君がハグしてきたのに夢咲人が驚いていました。そうです、彼は、「ナオキ」では無く、「Naoki」になっていました。
   
 
   我がガーデン 訪れる人 いろいろと
      懐かしさあふれ 花も喜ぶ    ―― 夢咲人

   まさかまた 我がガーデンを 散策す
      母となりし  君と花見ゆ     ―― 夢咲人



2016. 12. 08  
      木守柿 
木守柿遠景木守柿アップ

 『夢ガーデン』オーナーから鳥達へのプレゼントの柿の実が、ほとんど葉っぱが落ちた木にまだ残り、秋の優しい陽に輝いています。動物に比べて鳥の味覚は鈍いと聞きますが、渋柿は、やはり、お口に合わないのかも知れません。
 
 今年の柿は裏年の様です。「葉、枝、根の成長や、果実の肥大化に使われた糖の、余った分は木のあちこちに蓄えられ、冬の間に花芽をつくり、結実に使われる。従って、残った分が少ないと(その年に多くの実を付けると)、翌年の実りは少ない」(JA福岡の解説文からの抜粋)。これが、果実の表年/裏年のメカニズムだそうです。エネルギーを大量消費した後は、自らの活動を抑制し、命を繋ぐ自然の営みは合理的です。さらに、翌年の瑞々しい若葉の為に、樹木は自らの衣装も脱ぎすてます――落葉。色づいた葉が一時に落ちる様には侘しさを感じますが、実は明日への逞しさを内に秘めた立ち姿なのです。

 ところが人間は、「明日の為には今日を抑制するメカニズム」に逆らって来ました。限りある化石燃料の石炭を、そして石油を、貪り続けて経済性と快適さを追いかけてきました。立ち止まる事に背を向けたまま、次に選んだのが原子力です。しかし、原子力が辿り着いた先には、「チェルノブイリ」があり、「フクシマ」が待っていました。
想定外――何度も聞いた言葉です。今の科学技術では手に負えない原子力を、「安価で安定的なベースロード電源」(資源エネルギー庁のHPから)とする発想は、短絡的であり、自然に対する畏怖が無く傲慢そのものでは無いでしょうか。木守柿一個からも、エネルギー問題にまでに想いが広がる秋は、確かに深まって来ました。

トラック積み込み トラック荷台
 先日、軽トラを駆って往復250km走りました。
小中学校の同窓生から古瓦があると聞きつけた夢咲人が、「遠いけど貰いに行こう!」と言い出したのがきっかけで、久しぶりのMT車運転。クラッチ操作には気を遣いながらの所要時間は片道3時間以上になりました。
 『夢ガーデン』の彼方此方に古瓦を配しています。単独で、あるいはテストピースなどと組み合わせた花壇の縁取り、川を模した流れる水路の両岸など、それぞれ趣を持つものの、中には小さな割れ目に浸み込んだ雨水が、冬に氷に変わり割れ目を広げた瓦も有ります。しかし、今回百数十ー枚調達した石州瓦は、高い温度で焼かれているので凍害に強く、赤褐色の釉薬は雅趣を深め、夢咲人の‘創作’意欲を後押しするのは間違いありません。

割れ瓦 瓦置き場

 古くて使わなくなった物、建物などを取り壊して出てきた廃材、余り物で利用価値が小さい部材を、『夢ガーデン』では積極的に使っています。瓦がそうです。レンガもガラスブロックもそうです。そして、産廃になるコンクリート試験用テストピースも作庭には貴重な資材です。環境省と経産省が「循環型社会の形成の推進」を掲げるの3R政策(Reduce,Reuse,Recycle)への積極的参画、とオーナー二人は自画自賛しています。

 ReuseやRecycleの資材で造るガーデンでも、“REBORN”の足跡が残っていきます。
2016. 11. 23  
  ガーデンシクラメン レビュー
ガーデンシクラメン

 欧州から輸入され、露地に植えても寒い冬を越える様にと品種改良されたガーデンシクラメンが、『夢ガーデン』に咲いて居ます。ミニの血を引くので、クリスマスの頃に花屋さんの店頭で人気を集める一般的なシクラメンよりも小ぶりで、可愛いというよりも愛らしい。花言葉に「遠慮」や「気後れ」を持つものの、三つ列べると、一人一人はシャイな女の子が幼稚園の「お遊戯」では、友達と一緒に舞台中央にグッと進み出てくる姿を彷彿とさせる‘妙’があります。


 晩秋の暖かい日に、年賀状に載せる写真を探して『夢ガーデン』を見渡すと、ピッタリの構図が見つかりました。
コリウスとセイジをバックにし、三輪自転車に颯爽とまたがる来年の干支、鶏です。幼児の遊び道具として安定性を重視した三輪と、睨み付ける様に前を見つめる鶏の組み合わせは何処かコミカルです。
早速、年賀状用としてノミネートしました。

鶏の置物

 この暖かさは小春日和と呼ばれます。英語では Indian summer と言い、語源は色々あるようです。その中の一つが、ある英会話教室のHPに紹介されていました。「植民地をめぐる争いが行われていた頃の北アメリカ。アメリカンインディアンは入植者に奪われた土地を取り返すための襲撃の時期を決めるのに、雪が降ったり、底冷えして霜が降りたあと、あたたかくなることが見込まれる時を選んだ。そうすれば、溶けた雪や氷が地面をぐちゃぐちゃにして自分達の足跡を消してくれ、追われることはない」と。

 この説には、インディアン(先住民)だけの狡猾さを一方的に強調した人種差別の色を感じます。昔の西部劇映画の中でのインディアンは、文化が低く、野蛮で狡猾さも持った悪役として描かれているものが多くありました。鷲の羽根を頭に付け、褐色の肌を剥き出し、裸馬に跨がって、開拓者の馬車を、村を、襲ってくる――こんなシーンは幾度も観ました。そして、その対極としての開拓者は、夢を持ち、勇敢で我慢強い人々(多くの場合、白人)として描かれていました。先住民の土地を暴力的に奪い、彼らを狭い所に追い詰めた方が英雄だと。‘古き悪しき’アメリカです。しかし、人種差別撤廃の機運の盛り上がりと共にこの様な描かれ方は消えた気がします。事実、BSTVで繰り返し放映される古い映画にはほとんど入っていません。
しかし、言葉は残り、消えていません。Indian summer

 一方、日本語の、小春日和、いい響きです。段々寒くなる中で、ホッとしたくなる春の暖かさは有り難い。遅れた冬支度を急ぎましょう。紅葉狩りに山に出かけましょう。

 厳冬に歩を進める季節のしばしの小休止を、差別語ではなく感謝で表した方が、心も暖まります。

 いつまでも 草元気かな 小春日の
    カエルも出でて 背伸びするなり   ――  夢咲人


 
2016. 11. 08  
     リビング前に咲いている極楽鳥花
極楽蝶花

 数年前譲り受けた時は鉢植えでしたが、0°Cまでの耐寒性が有り露地の方が元気に育つとのアドバイスに従い、リビング前の花壇に植えた極楽鳥花が、真夏の直射日光を遮光幕で避けた今、見事に開花しました。
 1メートルを越えるスラリと伸びた茎は、先端から20cmぐらい手前で直角に折れ曲がり、紫色とピンク色を少し混ぜたオレンジ色の花を上向きに付け、先っぽは鋭い刃先の様に尖っています。名前の由来通り、それは、極楽鳥のトサカであり、クチバシです。南の国では珍しくないそうですが、日本では高級な切り花として人気がある様で、あまり生け花展に出向かない夢耕人でも、何処の会場で見かけた様な気がします。

定期公演看板 能舞台由来

 文化の日に、8名で伝統芸能の狂言を観に山口市の野田神社に出向きました。狂言観賞なんて初体験です。
夢咲人の小中学校の同級生の発案との事で、当初、「古典芸能に造詣深い人がいるのか!。一体誰?」と驚きましたが、終わってみれば、皆んな、物見高さだけで参加した様で、ミニ同窓会をしたかったのが本音でした(?)。

 狂言が上演された野田神社の能楽堂は、山口県の指定有形文化財であり、案内板によれば、「明治維新70年を記念して建立された総檜造りの本格的能楽堂で、一流の規模、質を誇っている」との事でした。この地で四年間過ごした『夢ガーデン』オーナー二人はこの事を全く知りませんでした。そして、狂言と能の区別も知らない夢耕人にとっては、狂言に流派があり、今回観賞した流派は「山口鷺流」である事も初耳でした。

 演目概要が書かれたプログラムに目を通し、演技開始前にはコメンテーターからの詳しい説明や見所の解説を受け、開演を待ちました。
 いよいよ橋掛けから狂言役者の登壇です。松が描かれた舞台での所作は興味深いものでしたし、‘予備知識’のお陰で演者の掛け合いなども少しは理解出来たものの、直ぐに飽き、プログラム途中で、ミニ同窓会の場所に移動しました。「無邪気」に笑えた時間は長く有りませんでした。何故でしょうか。

演目二人大名 演目文荷

 かなり以前、外国喜劇の舞台中継を、字幕付きのTVを観ていた時の事を思い出しました。タイトルもストーリーも出演者も全く忘れてしまいましたが、何故か記憶に残っています。
 コメディアンが滑稽で面白い台詞を言った時、その言語を理解出来る観客はドッと笑います。しかし、字幕を追わざるを得ない人は、ほんの少し遅れて笑います。その時間は1秒の何分の一、もしくは何十分の一のタイムラグであり、‘間(ま)’が発生します。この間が気になって仕方なくなりました。又、歴史も文化も違うので、コメディアンの台詞が「どこが、なぜ可笑しいのか?」と思う感覚のズレもしばしばありました。笑わないこの時の間は、次の可笑しい台詞まで長く続きます。

 ひょっとすると、この間が、狂言がおもしろく無くなった原因の一つかも知れません。
‘予備知識’で可笑しい点を多少理解していたので、その台詞を役者が言った時、「あ!、この事か!」と気付きます。耳から入った情報が即笑いへ結びつかず、情報伝達は、一端判断回路へ迂回し、「○○だから面白いのよ」なれば、笑います。ここに、間が発生します。マイクを使わないので時々聞き取りにくい場面もある点をも合わせると、段々面白く無くなります。
そして、可笑しいと思う感覚のズレは、狂言理解への溝をさらに広げました。

 夜、そんな事を思いながら、弓が弦で引っ張られている月を眺めています。「あと何日で満月か?」この待月の間はけっして悪くありません。物語さえ浮かんでくる、間です。
 所詮、人間の作る間は自然が造る間には、かないません。
2016. 10. 25  
青いキャンパスに薄い白色の絵の具で、サーと掃く様に描いた雲の浮かぶ空です。大陸からの乾いた高気圧に覆われる秋空は、夏に比べて青く澄み、高いところにある薄い雲もよく見える為だと聞きます。
又、厚みが無いので影は付かないが、魚の鱗に見立てられたり、小さい魚の群れと例えられる無数の雲片が広がるのも、この時期の天空のキャンパスです。

秋の雲 鱗雲
 
 空を見ながら、季語として使われる雲はどんなものが有るのだろうと思い調べてみると、あまり多くない事が判りました。雲は知らぬ間に現れ、いつの間にか消えていく、はかないアートです。自然の変化の中にも己の心根を忍び込ませて詠うには、見られる時間が短すぎるのかも知れません。

一方、同じく空のキャンパスに描かれるアートに、星、そして星座があります。暗い夜空を長い時間見上げていても星は動きません。動かないから、じっくりとこれらを観察して物語を創り上げられる事ができます。そして、ロマンはを膨らみます。


更に、星にはアドバンテージも有ります。人が五感で受け取る情報量の90パーセント近くが視覚からのものだと言いますので、暗い夜での視覚は星に集中します。集中は創作力の源です。創作素材としては雲には、見つめられる時間の短さと集中力の分散で、星に対してハンデキャップが大きい様です。

 季語に入る雲が少ない中でも入道雲はきっちり入る事を初めて知りました。確かに夏の雲ですが、六もしくは七文字の入道雲を俳句の中に取り込むには、「中七」しかその場所はありません。こんな使い勝手悪い季語はほかに無いのでは。ただ、「入道雲」を「雲の峰」と呼び、字数を減らして季語としてに使う俳人もいるとか――達人はどの世界にもいるものです。

 佐世保のハウステンボスに二度目の再訪をしました。五年前に初めて訪れたのは、長崎が主な旅行目的地で、ハウステンボスはついでに立ち寄った程度でしたが、今回は、ここがメイン。
水辺

 先ず、美術館の前庭で開催されている「花と庭の世界大会・世界フラワーガーデンショー 2016」のイベント会場に向かいました。
前回もガーデンショーが開かれているタイミングに訪れたのですが、今年の規模は前回に比べるとかなり狭く、出品(作庭作品)の多くが整然と並んだブースに中に納められて展示されており、草木や水まで使った“庭”のイメージとはかけ離れていました。言い過ぎと、叱責されるのを覚悟で言うならば、羊頭狗肉。

 画家レンブラントについて、「光と影のコントラストがきつい絵を描いた、中世ヨーロッパのある国の画家」程度の知識しか持ち合わせていなかった夢耕人ですが、美術館の「レンブラント 大リ・クリエイト展」の方は興味深いものがありました。
先ず驚いたのは展示数の多い事。300点を越える絵をゆっくり鑑賞するにはかなり知的スタミナが要ります。スタミナ不足の身には堪えるので、多くの絵をスルーしました。次に、代表作とされる縦3~4m、横4~5mある「夜警」の大きさに驚きました。絵そのものよりも、その大きさに感歎する夢耕人の観賞力は、低いレベルから数えてレベルⅠです。
しかし、特徴的な「光と影」の使い方は記憶に残りました。自然光ではあり得ない陰影の付け方――例えるならば、薄暗い舞台の中央で演ずる主役のみにスポットライトを浴びせる照明方法――は、やはり、彼ならではの技でしょう。人物の精緻な描き方と合わせて、専門家はこの技法を高く評価していますが、夢耕人の見方は少し違います。「若くして肖像画家として成功し、晩年には私生活における度重なる不幸と浪費癖による財政的苦難に喘いだ」(Wikipedia)とは言え、宗教の権威や支配者の圧政に苦しむ多くの民衆が、何かに光を求めたい、そんな願いを昇華させた絵画、だと思います。

 その夜は、ホテルアムステルダムに泊まりました。
屋外でバーベキューを食べながら聞いた外人歌手の激しくアップテンポなショータイム、ホテルのエントランスロビーでのバイオリン、チェロそしてピアノの落ち着いたクラシックコンサートなどを楽しみましたが、圧巻は、夜の園内散策で見れる一千数百万個のイルミネーションの点灯です。園内を横断する運河を進む観光舟が近づくと、音楽と噴水に合わせて激しく点滅させるも演出のありました。特に、50mを越える塔から、あたかも滝から流れ落ちる水飛沫の様な動きのある照明演出には驚きました。

夜景城 川夜景

 この照明代は一晩で幾ら?―― ずっと気になってたので、ネットであれこれ調べて見ました。色々試算される方が居られるものです。大雑把に言って、ハウステンボスの一晩のイルミネーション代と屋外タイプの野球場での一晩のナイター照明代は、ほぼ同じで、15~20万円とのことです。
 イルミネーションも良い。ナイターも良い。そして、これら全て夜に行われます。
艶めかしい夜は心ときめきますが、光に驚き、ボールの行方を追う心は弾けます。 




2016. 10. 13  
 白色からのピンク色に変わる花の色変化が、まるでお酒に酔っている様だと、この名前が付けられたと聞く「酔芙蓉」です。

  酔芙蓉  それぞれの花  今日の左、明日の中央、昨日の右
今日明日昨日

夕方のピンク色は妖しく艶めかしいが、翌朝、子供の握り拳の大きさまでしぼんだ花は痛々しい。短命に終わる蕾を次々に開花させ、人の目を引きつけ続ける様は、花言葉の“しとやかな恋人”とは逆に、恋多き多感の女人を思わせます。

 日本各地の神社が執り行う有名なお祭りには夏が圧倒的に多い。
何故でしょうか。こう思います。農業を主力産業としていた昔は、五穀豊穣が多くの人々の願いであり、稲穂の生育がはっきりし始める夏場こそが、家内安全、子孫繁栄、疫病退散などをも合わせた招福や厄除の祈念の場が祭りです。実りの秋になると、豊穣であるか否かが判ります。自然相手の農業では願い事は叶わない場合が多く、感謝の気持ちは毎年続けられません。恨めしさを抱えて見上げる秋の空の下では、“お祭り気分”は湧きません。これが、秋に祭りが少ない理由では無いでしょうか。

 農業に限らず、夢が破れ、願いが叶わなかった人々はこれまで以上に祭りで祈る、一人でも祈る ――まさに祈りのスパイラルです。例えば、近年、自然災害が多発しています。かけがえのない人を失い、大切なものが無くなり、打ちひしがれた人の胸中を察するに余りあるものがあります。そして、悲しみからから再出発を決意する人は、手を合わす事も忘れない。

 当地にある榊八幡宮で秋祭りがありました。
この神社は、記録上では鎌倉時代初期に創建され、江戸時代に当地の領主が領内28社の筆頭と定めた格式高い歴史を持ちます。又、御神幸(神輿行列)は500年以上の続く伝統行事です。

のぼり本殿

 町内を四つに区分し、四年毎に御神幸の奉仕役が各地域毎に回って来ます。今年、地域自治会の班長の役目が回って来た夢耕人は、奉仕者を選任する世話人になりました。神輿の担ぎ手の総勢は25名程度で当地域からはたった2名の選任ですが、この作業は結構大変です。ほとんどの行程は、専用台車に乗せて神輿を運びますが、5km以上の御神幸は結構体力がいります。「昔はよく担いだが、もうえらいけー(=当地の方言でしんどいので)止めた」と言う高齢者が多いからです。結果的には二人が自発的に名乗りを上げられたので助かりました。感謝です。 
 御幣、竿、錦旗などに先導されて神社を出発した神輿は、二箇所の御旅所で神事を行い、氏子の待つ地域への神幸です。祝儀を頂いた家の門では、「ワッショイ、ワッショイ」のかけ声に合わせて神輿を回し、高く持ち上げます。しかし、神輿が近づく声がしても家の外に出て、手を合わせる人は多くありませんでした。

神輿1 神輿2

 行事の中にイベント的要素を取り込むなど、「観光化」に重点を移して隆昌を続けている有名な祭りがある一方で、氏子が減り、高齢化が進み、規模が段々縮小されていく祭りも少なくありません。当神社でも宮司自身が、「伝統行事が徐々に葬り去られようとしていますが、このご神幸は長く後世に伝えていかねばならない」と、訴えています。

 神々へ、願い事の成就や感謝の気持ちを祭りに場を借りて表す本来の目的が、行事を無難にこなす事自体に目的が替わってしまっている現状は、人々の意識の多様化、社会環境の変化によるものでしょうか。でも、数百年続いた行事は、長い期間の間には幾多の浮き沈みが有った筈です。存続の危機を乗り越えたからこその伝統行事です。乗り越えるには様々な工夫があったと思います。その先人の知恵を学び、現代風に柔軟に対応する事こそ、今求められたいるのではないでしょうか。
例えば、すでに有る「子供神輿」の次は「美人巫女行列」はどうでしょうか?.数十段有る石段駆け上りのタイムトライヤルはどうでしょうか?。献酒の銘柄当てコンテストはどうでしょうか?。格式ばった伝統継承を叫ぶよりも、楽しい催し物で皆を引きつけるのが先、と思った頃には辺りは暗くなっていました。

2016. 09. 27  
均整のとれた、色彩の美しい、名花
      Cattlea Alma Kee ‘Tipmalee’
ラン

 昼間の長さと夜の長さが同じになるのが春分の日と秋分の日です、と教えられて来ましたが、緯度や経度、更には標高によってどれでけの誤差が有るのだろうと思い、当地(と言っても、県庁所在地の山口市)の日の出時刻と日没時刻を調べてみました。すると、日の出時刻からきっちり12時間後に日没を迎えるのは、今年は秋分の日から四日後の9月26日でした。合わせて春の場合を調べてみると、春分の日よりも六日早い3月16日でした。西側に被い被さる様に竹林がある『夢ガーデン』の日暮れは早いので、一年を通じると昼間の時間が夜の時間はよりも長い日が十日も多い事が判り、何か得をした様な気持ちになりました。

 秋の空は高く、晴れをイメージしますが、秋雨前線や台風の影響で一時的な雨量の多さの為にか、降水量の高い月別順では梅雨期の次にランクされる9月、そして5月です。
今も、小雨が降っています。やはり、「秋晴れ」は10月を待たねばならないかも知れません。

 『夢ガーデン』には、エンジェルトランペットが咲いています。
DSC_2047.jpg

童話の中でエンジェルが吹くトランペットと聞けば、横向きに大きな音を出したり、空に向かって、楽しさや嬉しさを奏でている様子を想像します。でも、蕾から出たこの花は垂れ下がっており、花嫁が着るウエディングドレスを彷彿させます。蕾から出たところで少し絞られた花弁は先端で五つに分かれ反り返ったトレインの形は、ドレスの裾を両手で軽く持ち上げチャペルの階段を降りてくる花嫁の様に初々しく、そしてエレガントです。夢耕人がこの花に名付けるならば、「ウエディングドレストレイン」か「ブライダルドレス」です。

 気温が下がると虫達は地中深く潜り越冬準備を始めるので、一日中地上を探しても、空腹を満たすだけの食事に有りつけない蜘蛛は、空中に糸を張り、空中捕獲作戦に転換する種類もいます。糸を引きながら風に乗り作戦場に辿り着くと聞きますが、毎年同じ場所に沢山の糸を張っています。DNAを引き継いでいるのか、試行錯誤の結果、一番効率の良い場所を探しているのか不思議です。

蜘蛛の糸①蜘蛛の糸②


 季節は確実に秋へ回り始めています。
もののあわれを感じ、自省の淵をのぞき見る時間が段々と長くなる、「秋の夜長」の始まりです。





2016. 09. 12  
      白銀の花穂 ―― パンパスグラス
パンパスグラス正

 次の季節が来る時、その足音が聞こえる、と言います。今の季節に正面で向き合っていた身に、背後から忍び寄る様に近づき、「ウン?」と感じさせる足音です。向き合っている季節が少しずつ後ずさりするにつれて、それは大きくなります。寝入りばなに開けてい窓を閉め、寝具を肩まで引き寄せる夜も有るものの、残暑が長引いた今年の夏は、“秋の足音”よりも、「やっと暑さも終わりか」と、“夏の後ずさり”の方に季節の巡りを感じます。

 そんな中で、段々と短くなる日暮れ時間は、今日中にすべき事を明日へ伸ばす口実に使えます。仕事を終える日時を自分自身で決められるのは現役を退いた人の大きな特権です。それが好きな事であれば、明日へ伸ばすのでは無く、明日まで楽しみを取っておく、と納得出来るのが、更にいい。ロッキード事件で辣腕を振るった元東京地検特捜部検事の堀田力氏は、「あり余るほどの時間がある。そして、自由がある。義務はない」、この特権を大いに使えと、著書に記されています。

2軍練習場カープタウン

 暑さが退いているのに、熱さが増しているのが、プロ野球セントラルリーグの広島カープです。
岩国市は広島県と境を接しています。そして、同市南部の由宇町にはカープの二軍練習場があります。練習場とは言えウエスタンリーグの試合は行われていますので、グランドは一軍仕様です。先日初めてソフトバンク戦を観に行きましたが、数百人の観客が芝生席でみるプロ野球は牧歌的でした。でも、選手の好不調により、一軍二軍間の選手入れ替えが頻繁に行われていますので、この間TV中継で見た選手が目の前に――これがタダで見れるので、ファンにはたまらない。

そして、主要国道沿いにセリーグ制覇までのカウントダウンボードが登場しました。縦1メートル数十センチ、横2メートル数十センチのさして大きくないボードですが、“真赤檄”カラーはドライバーの目を引きます。
八月下旬に点灯したマジックナンバーは、熱狂的ファンの後押しと二位巨人の“援護射撃”もあり毎日の様に減り続けました。減った日の翌朝にはボードの数字も変わっています。

M4 M3
   9月6日朝            9月7日朝

M2 M1
   9月8日朝             9月9日朝

そして、その時が来ました。25年ぶりのセリーグ優勝です。
TV画面に釘付けの『夢ガーデン』オーナー二人は、歓喜と拍手の繰り返しでした。翌日には、カウントダウンボードに変わり横断幕が誇らしげに掲げられていました。

優勝

 地元のTV局は、歓喜の優勝の瞬間、過去の映像、熱狂的ファンの爆発を繰り返し放映していました。そんな映像の中で、中年女性ファンの言葉が耳に残りました―― 「カープは高校野球と同じ、地元皆で応援せにゃーいけん」。
ふと思い出しました。名選手にして名伯楽であった人の言葉―― 「たかが野球、されど野球」。


8月の広島は、71年間、怒りと悲しみと祈りの、“ヒロシマ”です。
今年の9月の広島は、25年間の鬱憤を晴らす歓喜の、“Carp”です。

2016. 08. 23  
愛らしい姿の 姫ヒマワリ
姫ヒマワリ

 広島県、山口県そして少し離れた愛媛県に属する島々が弓形に並び、それらに取り囲まれた安芸灘は湖のような静かな海です。特に凪の時に優しい縞模様で次々押し寄せるさざ波は、たかだか数十cm程度の高さで、波打ち際でバシャ、バシャと崩れて砂の中に消えていきます。
 近所に「潮風公園 みなとオアシスゆう」と呼ばれる海水浴場があります。両サイドから沖に向かって突き出た百数十メートルの二つの護岸に囲まれた養浜海水浴場です。養浜面積が約24,000m2とのことで、野球場のグランド2個分よりもやや狭いコンパクトな海水浴場です。しかし、広島から南に向かって延びる山口県東部の海岸線には港湾施設や工場群が連なるので、良好は海水浴場は周防大島(屋代島)まで無く、無料駐車場、無料シャワー設備などが完備された「潮風公園」の人気は高く、ピーク時には車の乗り入れを制限しています。 盆休みを利用して帰省した次女一家も、この海水浴場で楽しい時を過ごしました。

小太郎恭之介

 車で5分も掛からないので、家で水着に着替え、浜辺でパラソルを立てたら、そのまま海へ。穏やかな潮騒は子供達の喚声で消され、波打ち際では、まだ浮き輪も使えない幼児が水遊びに夢中です。若いパパとママは子供達と遊びながら日頃のストレスを海の中へ溶かし込んでいます。その姿をジージとバーバが笑顔で見ている。若い男女が出会い、いとも簡単に恋に墜ちる夏....と言われますが、ここは、三世代が絆を確かめるには格好なリゾート地です。
開放的な若い女性の水着姿をこっそり見よう、と不純(?)な動機を持っていた夢耕人ですが、その目は、ほとんど孫達の遊ぶ姿の方へ向いていました。ここは、やはり、大人達よりも子供達の為の海水浴場です。

 何時も通る国道脇に写真の様な標語が掲げられています。
標語

たぶん、交通安全推進運動の一環で募集された標語の上位作品だと思います。何故か気になっていました。そこで、同じ場所でも時間が変われば随分違う所は無いかな?、と考え海水浴場を時間を変えて見てみました。

昼間朝

左が昼間の浜辺です。右は夜が明けた早い時間の同じ場所です。朝から泳ぐ人はいません。
標語は、道路状況が変われば同じ様な感覚で運転してはだめですよ、と注意を促しているものですが、海水浴の写真は当たり前の事、ただそれだけです。

 思考力までも狂ってしまいそうな、お盆を過ぎても尚続く、
 猛暑です。
 そう言えば、もう、処暑です。
 
2016. 08. 15  
     人気が急上昇のマレーシアシャクナゲ
           花言葉「また会える日を信じて」

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 「暦の上では、もう〇〇です。」、とのコメントを時々耳にするものの、8月7日の今年の“立秋”の時には、これが少なかった様な気がします。西日本を中心に猛暑の日が続き、さすがに、「秋が来ました。」とは言い辛かったかも知れません。
 当地でも7月18日の梅雨開け以降30℃を越える日が続き、雨は、ほとんど降りません。『夢ガーデン』の花達は暑さに喘いでいます。水平線の無い瀬戸内海に、一列に並んだ様に見える島影から陽が登り始めるのは、今の時期、午前5時半頃です。晴れた日には2時間を過ぎると涼やかな朝は通り過ぎ、昼間の暑さがジリジリと押し寄せ始めます。陽が竹林に隠れる午後5時頃までは、屋外での作業は「出来ない」のでは無く、「するのが怖い」状態で、今の時期は“大暑”を延長した方が良いかと思います。

日の出1 日の出2
日の出3
 
 元々中国から渡って来た二十四節気は、日本の季節の移ろいと少しズレていますが、全て漢字二字で表す季節の言葉は、四季のある国ではのもの、と思います。当てられる漢字もいい。立秋の英訳は、beginning of autum との事で、逆に訳せば“始秋”になり、単に時間的区切りの意味合いが濃く面白味がありません。ところが、これを“立秋”と呼べば、今まで臥していた秋が、ゆっくり起き立ち上がり、風に涼しさを忍び込ませ、花木に交代を告げ、虫の音色まで変えていく.....動きが出てきます。

 今年の8月は、リオ、オリンピック/パラリンピックで世界中のスポーツ選手がメダルを争っています。その為、TVではレギュラー番組を組み替えてオリンピック関連の番組に当てているのが目立ちます。特にNHKのBS1では24時間LIVEと録画を放映しています。高い放映権料をペイする為に放映するのか、こんなにも長時間放映するので放映権料が高くなるのか判りません。

 そして、8月のスポーツと言えば、全国高校野球選手権大会、甲子園でしょう。長く購読している朝日新聞は、この大会を高校野球連盟と一緒に主催しているので、試合結果や“青春の汗と涙”をベースにした関連記事に、かなりのスペースを割いています。そんな新聞を、「スポーツ紙取っていたかと錯覚し」と川柳が皮肉っているのが面白い。でも球児達の8月は――やはり熱い。

 しかし、ヒロシマ、ナガサキ、そして玉音放送があった71年前の8月は、悔しく悲しい。同じ新聞にこんな投書がありました。沖縄戦の悲惨な状況を聞いた後、「一人一人に大切な人がいて、誰かにとっての大切な人」であった戦争犠牲者に思いをはせ、「残酷なできごとも風化しないように次の世代に伝える義務がある。」と、18才の女子高校生が言い切っていました。投稿した彼女の平和への思いは熱い。この熱さを、現実が冷まさせない様にするのが「今の世代の義務」かも知れません。
2016. 07. 31  
      ソーラーライトLED街灯の設置
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 夢咲人が「欲しい、欲しい」と言っていた街灯を『夢ガーデン』に設置しました。ベース基礎は赤レンガ二段積みでの縁取り、中には五色砂利を配し、暖いオレンジ色の光を持つ洒落た街灯です。自分が言い出したので、レンガは夢咲人が入念に積んでいました。
ところが、分割された支柱どうしを繋ぐオス/メス螺旋ネジの嵌め具合と、接触した時の端面平行度が雑で、連結した時に垂直に繋がらず斜めになってしまいます。興ざめなので業者にクレームを付け、部品の一部を返品して代替品が来るのを待っている状態です。
“MADE IN CHINA”品の品質的限界かも知れません。

 20日に、錦帯橋の「う飼」見物に出かけました。
夢咲人とその友達8人の中に、夢耕人とMr.T(パートナーMrs.Tは夢咲人の友人)の男2人が特別参加です。“娘9人に婿2人”状態で、多少の気後れはありましたが初めての「う飼」見物への期待を優先させての参加でした。
 午後7時に乗船。
私たち11人と、兵庫岡山両県からの夫婦連れの4人で屋形舟は満席でした。川岸を離れた舟は、錦帯橋から川上に向かっての数百メートルの間を魯漕ぎでゆっくりと旋回します。少しずつあたりが暗くなるにつれて、両岸や舟の提灯、ライトアップされた錦帯橋が目立ち始める中、弁当を頂きました。もちろんアルコールもです。数時間前に夕立があった事も幸いし、風が無くても気持ちの良い船上の“宴”でした。
 1時間後のトイレ休憩が終わると、「う飼」の始まりです。
錨を降ろして待っている舟の横に、川面を篝火でを照らしながら鵜飼舟がやって来ました。烏帽子や腰蓑などの漁服をまとった鵜匠が、数羽の鵜の手綱を絡ませること無く巧みに操り、飲み込んだ鮎を吐き出させる「ショータイム」の始まりです。篝火が辺りを照らしていますが夜です。その上に、鵜飼舟は川の流れに乗って川下へ去っていくので、鵜匠の動きや鵜のダイビングの細かいところまでは判りませんでした。夜間に動く被写体――「う飼」は写真撮影にも向いていないようです。

見物舟う飼

 当地の「う飼」は、度々橋が流される錦川の洪水に悩まされた時の藩主が、堅牢な石の橋脚の上にアーチ型橋を作った際にを始めたとの事です。当時は、藩主やこれに連なる人々、高級武士、豪商達だけが遊んだ(と思う)納涼の趣向も、今では領民(つまり、私たちのこと)でも二千円払えば楽しめる船遊びです。
 ところで、「う飼」と言う言葉は気になります。
例えば「犬飼い」と言へば、彼らの生態やしつけの仕方、餌の与え方、さらには病気になった時の対応策など全てが含まれ、飼い主への従順さだけを差す訳では無いでしょう。 それなのに、「う飼」とは鵜を使った古来漁法の事だけで、生態や飼育方法など全ては含んでいません。送り仮名の「い」を敢えて削り、漁法にだけに目を向けさせる「意」が隠されている様な気がします。

 29日、マツダZOOM-ZOOMスタジアムにプロ野球観戦に出かけました。
首位独走中の広島カープ戦のチケットがなかなか手に入らず、今年初めての観戦でした。相手は最近打線好調の横浜DeNAベイスターズ。ひいきチームが好調なので、カープ女子はもとより、夏休みの最中なので、カープ男児カープ女児も親に連れられて沢山応援に詰めかけて満員でした。
 現在セリーグ最多勝利数を誇る野村投手を先発させてカードの初戦を取りに行った広島でしたが、その野村が4回までに、DeNAの四番打者筒香に2打席連続3ランを含む8安打されて8失点の大誤算。6回を終わった時点で、19ー2。ラッキーセブンの時に飛ばすつもりで買ったジェット風船を膨らます事無く、持ち帰りました。 
カープ攻撃中野球スコアーボード

土用の鰻も美味しく頂きました。
清流の鮎にも楽しませて貰いました。
そして最後は、魚のくせに、全く情けない鯉の溺死(本物の鯉では無く、広島カープの屈辱的敗戦)を見た、7月も終わりです。



2016. 07. 11  
猿でも滑りそうなので、「不用意」の花言葉さえ持つサルスベリ
    サルスベリ

 当地の梅雨入りは6月4日と、気象庁が発表していました。
そこで6月の天気を日照時間と関連づけられないかと考えていた最中に、屋根に載っている太陽光パネルの発電量を思いつきました。つまり、陽が照る時間が長い程良い天気であり、発電量が大きい筈です。昼間だけの話で一日中の空模様とは言えない点や、太陽の傾き(具体的には何時頃に日が照っていたのか)などにより、比例関係は高いとは思いませんが、まさか、逆になる事はないでしょう。

 梅雨入り後の6月の日別発電量を調べたところ、少ない日では数キロワット時、多い日は15~21キロワット時であること判りました。これを三分割し、7キロワット時以下は雨又は分厚い雲が空を覆った“雨日”、15キロワット時以上は晴天ないし晴れた時間が長かった“晴日”、8~14キロワット時は“曇日”としました。(この三分割には科学的根拠はありません。)
そうすると、“雨日”が12日、“晴日”が6日となりました。つまり、「降って、降って、曇って、晴れる」との感覚でしょうか。ついでに、、岩国市の年間を通じて一番降水量の少ない12月を調べると、「晴れて、晴れて、晴れて、曇って、降る」との結果になりました。
やはり、梅雨は雨が多い。
すせん
 
 でも、梅雨の雨は草木を始め多くの命を明日へと繋ぎます――雑草もです!!。
しかし、何事も過ぎると厄介です。九州の地震被災地ではなおさらでしょう。揺れが収束に向かい、一息ついたのも束の間、今度は土砂崩れが心配な大雨。本来恵みに感謝すべき“天”に向かい、怒りや恨みをぶつけておられる方も少なくいないと思います。梅雨の雨は、「元気で大きく育ってネ」と願う慈母でもあり、「自然を甘く見るな」と叱る厳父でもあるようです。
ところが、7月に入った最初の一週間は、晴れどころか、猛暑の日が続き、「梅雨明け?」と思わせる日が続きました。この猛暑は、九州中南部から四国、中部地方に伸びる前線とそれに吹き込む風の影響の為と解説されていますが、数日前から又、雨が降り始めました。

 『夢ガーデン』にも被害が出ました。
スロープ
段々になったガーデンを砂利を敷き詰めてスロープで繋いでいますが、ここの低い部分が雨水の通り道と化し、砂利を削り取ってしまいました。オーナー二人だけでの復旧作業となると結構煩わしい“軽微”は被害です。
暑い日には、復旧や草刈り草抜きの時間を、竹林に夕日が沈んだ後に回さざるをえませんし、雨が降ればこれらの作業は全面ストップです。

 おもしろい事に気づきました。
雨が上がると、『夢ガーデン』の入り口近くにある、大きなチチンボ(正式名はイヌビワ?)の回りを十羽近くのツバメが何時も飛び交っています。数回の羽ばたきした後、高速で空間を突っ切ったかと思ったら、昔のプロペラ戦闘機同士の空中戦さながらに、鋭い角度でターンします。これが剣豪の太刀さばきでしょうか。最初は、何故高い木の回りを旋回するのか判りませんでしたが、雨が上がり、葉っぱの陰に身を潜めていた虫達が飛び始めるので、そこは絶好な餌場になるのか、と思い付きました。
ツバメの旋回

 粋な計らいにも気づきました。
七夕です。別れて暮らす一年間は、“彼の人”への想いをさらに募らせるには十分な時間です。たった一夜の逢瀬だからこそ慕情は激情まで登りつめ、狂おしいまでの時間を惜しみます。でも、仲睦まじい夫婦も地上から見上げられるのは少し恥ずかしいのか、その夜は雲のカーテンを閉めていました。「今宵一日だけは、若い者の邪魔をするな」と諭す雨です。

 ガーデニングが出来る時間の選択を許す「猛暑」と、それさえ許さない「降雨」は、今暫く、交互に繰り返しそうです。
2016. 06. 30  
  へメノカリス       ユリ
琉球水仙ゆり

 『夢ガーデン』の温室で冬を越した洋ランのバンダ(Vanda)が咲きました。
先端近くの花茎が1本伸び、これに10個程の花が付いています。小さな編み目が入っている紫青色の花は清々しい色彩です。
「これがバンダよ」と教えられた時、垂直に伸びた茎から肋骨の骨格見本の様に左右に並んだ葉、派手な花、原生地では樹木や岩肌に着生しているのでしょうが裸同然に晒されている根などに驚いた記憶があります。
バンダの花には、白色、黄色、褐色などがありますが、梅雨時には紫青色が一番良似合います。庭の咲く紫陽花よりも“品格”がある様に見えるのは“親の欲目”かも知れません。
バンダ1

 清涼感を醸し出す青紫色に対して、激情ほとばしる赤色も、長雨のうっとうしい気分を吹き飛ばしてくれます。
プロ野球セントラルリーグの首位を独走する赤ヘル軍団の赤色もそうです。今シーズン開幕前には、広島カープは「Bクラスに低迷」と予想する野球評論家を尻目に、シーズン半ばの今、首位独走状態。ファンにとっては嬉しい予想外れです。
 軍団と言えばローマ軍団を思い浮かべます。飾りの付いた兜、金属片を組み合わせた鎧、手や足の防具、長短の刃、弓矢、装飾を施した盾などを供えた何百何千人の集団が隊列を組んで敵陣に突入するシーンを、歴史スペクタクルで幾度も観ました。彼らは屈強な兵士で、時には残虐行為も厭いません。でも、赤ヘル軍団の兵士達は、赤い帽子(又はヘルメット)を被り、「carp」のロゴマークを胸に誇らしげに付け、グランドで投げ、打ち、走ります。かっこいい“若鯉”の中にはイケメンも少なく無く、『カープ女子』の胸をさらに熱くします。そしてマツダスタジアムでは360度真っ赤の応援団。ここはひょっとすると、『赤いコロッセウム』かも知れません。
 シートで立ったり座ったりを繰り返す『スクワット応援』をするには、多少酷な世代の夢咲人も立派な『カープ女子』です。チャンスの時にはTV画面の打者に向かって「打ってみー!!」と檄を飛ばし、ピンチになれば、「打たれない様に! 打たれない様に!」と手を合わせています。最近では、なんと先発ピッチャーの予測まで的中させる熱狂ぶりです。

カープ

 梅雨空の滅入りがちな気分を和らげ、明るい気分にさせる色模様を限定しなくてもよいですが、敢えて選ぶとしても、やはり紫青色と赤色は外せません。

 今日は6月の最後の日。何故か「今年も半分過ぎたか!」との寂寥感はありません。
たぶん、雨が上がったら、庭の草刈りをせねばならない、降雨による小さな崩落現場の修復をしなければならないなど、“ねばならない”に追われている為でしょうか。
2016. 06. 21  
きらきら輝く陽光(日)よりも重苦しい梅雨空が似合う、紫陽花
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 異国の地を急ぐ旅人は、束の間だけ、踏みしめている大地の歴史をのぞき見る異邦人ですが、自国とこの地の草木の差を見極める「植物分類学者」にもなり、「料理評論家」にもなるようです。違いを見聞きし、差を味わった時の驚きは、旅の楽しみの一つでしょう。

 先月の下旬、四泊五日の台湾一周ツアーに出かけました。台湾の旅は初めての夢耕人ですが、異国に来たとの感慨は余り湧きませんでした。多分、自分達と肌の色は変わらず、街の看板も何となく意味が理解できる漢字を使う国だからでしょうか。一方、夢咲人は「長時間のフライトはいや。近い国がいい。故宮博物院ならもう一度行きたい。」と言って自らこの地を選んだものの、ビジネスクラスシートの行き帰りに、「こんなに違うの。これなら少し遠くても。」と、機内サービスを喜んでいました。

 最初に案内されたのは、清王朝が集めた工芸品や美術品などが公開されている故宮博物院。
第二次世界大戦中、旧日本軍の軍靴に追われる様に中国本土各地を転々とした上に、終戦後には、内戦の激化に伴いついに海峡を渡り台湾にたどり着いた“中華の至宝”が、多く展示されている博物館です。
 展示品の中で一番有名なものは「翡玉白菜」でしょう。
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下半分が白菜の白い部分、上半分は葉の緑色をした翡翠で、色の特徴が旨く生かされて、緑の葉には虫が彫刻されています。二十センチ足らずの作品ですが、素人でも素晴らしさが判ります。
でも、現地ガイドに促されて見た他の展示品、例えば「○○時代の青銅器」「△△頃の陶磁器」などは、あまり記憶に残りませんでした。「その時代に、こんな素晴らしい物が!」と驚く力は、観る人の知識の深さに比例する様で、見聞浅き人がいくら身を乗り出しても見えるものは多くありません。ただ夢咲人によると、「今日は観光客がとっても少ない」とかで、ゆっくり観賞できたのはラッキーでした。

  台湾に関連した人物は、と聞かれたら、“アジアの歌姫”よりも、“世界一のホームランバッター”よりも、孫文の後継者として中国の君主制を打破し、「反共」でありながら一時的に手を結んだ共産党軍と共に旧日本軍を破ったが、その後、国共内戦で破れ台湾に逃れた中国国民党初代総統蒋介石の方を、先に挙げます。
その“偉業”を伝える「忠正紀念堂」に行きました。展示品もさることながら毎時行われる衛兵の交替式が観光の目玉です。蒋介石の銅像の前に立つエリート兵士は交替するまで、まるで蝋人形の様にピクリとも動きません。そして交替の時間が来れば、歩行や銃剣の上げ下ろしはビッシビッシとメリハリはあるものの、開発当初のロボットの動きに似てぎこちなく、“生身”の兵士ではなく、まさに“マシーン”です。大理石の床に打ち付ける様に歩を運ぶ軍靴の響きは、ピーンとした緊張感や威圧感を伴う軍隊の見世物です。
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 台南の高雄湾が一望できる「寿山公園」に立ち寄り、沢山の貨物船が潮の流れに逆らって何列にも浮かんでいる様子を見下ろしました。ここは夜になると絶好なデートスポットだと聞きました。夜景が綺麗なのでしょう。夜の湾を見下ろす事は出来ませんでしたが、湾内ナイトクルーズで観た景色も悪くありませんでした。しかし、日本が統治していた頃には、日章旗を掲げた軍艦艇や補給船が停泊している光景を、苦々しく思っていた若者も少なく無かったでしょう。この場所が何時までも、愛を育み楽しい未来を語れる場所であれ、と思いました。
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 台東から数時間かけて台南へ向かうバスから見える景色は単調でした。
みずみずしさが過ぎて、少し落ち着いた山の緑と時々降る雨空。希に見かける真紅のハイビスカスやピンクのブーゲンビリアが無ければ、日本の梅雨か初夏と変わりません。見慣れた風景は旅情よりも眠気をかきたてます。
「台湾屈指の景勝地」(旅行パンフ)と言われる太魯閣渓谷も、切り立った山肌や川に転がる巨岩が大理石と聞かねばびっくりする様な景観では有りませんでした。宿泊ホテルで読んだ雑誌(日本語版)に、昨年台湾を訪れたひとが1000万人を超え、政府高官が更に増やしたい、と宣言した記事がありましたが、残念ながら、台湾の自然観光資源は力不足です。

  日本で中華街と言えば、横浜、神戸、長崎などが浮かびますが、「昔ながらの佇まいを残すノスタルジックな」九份は、これらの街の雰囲気とは違います。山肌に張り付く様に狭い曲がりくねった坂道の両側には、間口の狭い店が数百メートル続いています。
アーケードに遮られた日差しは弱く、開放感を抑えられた分、逆に「昔ながらの」チャイナタウンかも知れません。でもガイドは言います。「ここの店舗の土地代は高い。売っている物は気をつけた方が良い。」と。でも、二度と来ないであろう地での買い物は、予算の範囲であれば、多少のリスクは‘想定内’です。アーケードを出た所に、『千と千尋の神隠し』の構想の一部となったと言われる場所があり、ここでウーロン茶を美味しく頂きました。
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 山奥の谷間に残る古い町並みの十分でもバスを降りました。
単線の線路の両側に、観光客相手の小さい店が並んでいました。線路と店の間の緩衝ゾーンは狭く、かっては炭鉱を運んだ列車も今は本数は少ないので、線路を跨いで、あっちに行ったり、こっち戻ったりはほぼフリー。
ここでの観光一押しは、直径2~3mの気球状の天燈に筆で願いを書き、固形燃料に点火すれば空に舞い上がる「天燈上げ」です。幸い雨も降らず風も弱い天候でしたので天燈は、ほぼ垂直に上昇し、燃料が燃え尽きれば遠くの山に落ちて行きます。
火事は大丈夫?、と思いました。日本でこんな事をしたら、消防当局が黙っていないでしょう。「止めろ!」と一喝され、検挙されるかも知れません。
 「願いが天まで届け!」、どこの国でも、神は天上におわします。
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 ツアー客は夫婦3組と女性の二人連れ1組の、計8名でした。
少ない道連れ人数は、短い旅路であっても親近感を深めるものです。特に、女性達は珍し花木を見つけると、「この花はなに?」「日本にあるのとは少し違うね。」「この花もう咲いている。」と会話が弾みます。でも男はだめ。話題は途切れがち。やはりアルコールが入らないと親近感が湧かないのかも知れません。
夢耕人にとって一番記憶に残った樹木は、高さ十数メートルある椰子の仲間、ビンローです。これが道沿いに長く続く景色には、ここはやはり亜熱帯か、との思いを深めました。

 訪れた土地の料理を食べられるのが、旅行の楽しみの一つです。
「台湾料理」「広東料理」「客家料理」と聞かされても、何処かで、何時か、食べた事のある味でした。夢耕人の味覚が鈍いのか、中華料理がグローバル化して日本でも珍しくないのか、よく判りません。でも、独特な臭いのする八角の入った料理だけは参りました。“旨み”で世界からの評価の追い風を受けつつある和食の香辛料は、つつましく主役を押しのけませんが、この香辛料は出しゃばり過ぎです。もちろん、日本人にとって、ですが。 
 8人でしたので、旅行中の食事はいつも一緒の一つの回転テーブル。
味の評価をあれこれしながらも昼夜食を皆で楽しみました。そんな中、四組が全く同じオーダーがありました。ビールです。ビールは政府の専売品のなのでブランドも全く同じで、昼食時は各組1本、夕食時は2本です。「ホップが効いていない。馴れていないのもあるが、日本のビールの方が旨い。」などが評価さえ同じでした。せっかくですのでビール絵がプリントされているTシャツを買い、一日だけこれを着て観光を楽しみました。
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 出退社時間には、洪水の様に道路を埋め尽くすバイクの波、夜遅くまで賑わう夜市。人々のパワーに圧倒され、誰かが言った「21世紀はアジアの世紀」の活力を感じました。
 しかし、ガイドの説明によると台湾も格差が広がり、少子高齢化が進んでいるとの事でした。表通りを行く旅人には、裏通りの猥雑さは覗けず、路地裏の埃は見えないものです。

出発までの時間調整をラウンジで過ごした後、CX機に乗り込みました。
   ツァイジェン タイワン (さようなら 台湾) 

 博多空港に降り立ったのは、『夢ガーデン』に帰る新幹線運行が終わった時間でした。
翌日、太宰府にある九州国立博物舘で開かれている『始皇帝と太兵馬俑』を観覧する為に、ビジネスホテルで一泊。
「いびきがうるさくて眠れない。」との夢咲人の不満を和らげる為に、二人別々のシングルルーム。旅の思い出を肴にして吞んだ、久しぶりの、アサヒスーパードライは、やはり美味しかった。

2016. 05. 17  
 美人の立ち姿を、この花に見立てられたシャクヤク 
シャクヤク

四月末から五月最初にかけての大型連休は、“春”のゴールデンウイークと呼ばれているのに、その後半には“夏”がやって来ました。実際の季節感と少しずれていますが立夏です。楽しく笑っていた山は瑞々しく潤ってきます。
『夢ガーデン』での春から夏への季節の巡りを感じさせるのは、雑草かも知れません。草払機で刈り取っても、鎌でばっさり切り取っても、しばらくすると、又生えて来ます。
地上部分を枯らし寒い冬をしぶとく乗り切った根が、春に、再び緑の葉っぱを再生するものや、風に運ばれ空に舞い人や動物にくっついて種子を拡散させるものなど、その生命力は脅威です。プロ野球元近鉄バッファローズの名投手が、踏まれても倒されても立ち上がる事を表して、“草魂”と呼んだ様に雑草は憎らしい程逞しい。
しかし、荒涼とした砂の大地には雑草は少ないでしょう。一年中氷に覆われた極北の地は草を寄せ付けないでしょう。雑草が被い茂る所は、人間にとっても快適な自然環境かも知れません――視点を広げるだけで、感情の矛先は丸くなります。

 生えた雑草はうっとうしいが、植えた草木は愛おしい。
ビニールハウスのフレームを再利用したアーチの天辺まで蔓を伸ばしたツルバラは白とピンク。藤とは違い、支柱などに自分で絡みつくことも無く、ただ蔓を伸ばすだけのツルバラは、けっして自ら進んで他人へ媚びを売らない“気位の高い貴婦人”の風情です。
濃い青色の花を持つアヤメは“品のある清楚“が売りでしょか。
つるバラ

アヤメ

昨年、北海道で買い求めた宿根草混合種から咲いた花は“望郷の黄色”です。在来種の領域へどんどん進んでいく“攻撃的美しさ”を秘めたキショウブも鮮やかな黄色です。
北海道

きしょうぶ

『夢ガーデン』の花木も、夏への「お色直し」の最中です。
アヤメもショウブも漢字で書けば同じ「菖蒲」である事を初めて知りました。新しい事に出会った小さな感動と自らの貧しい知識にがっかりさせられた、「菖蒲」です。

 綺麗な花を見て、「害虫はついていないか、病気は大丈夫、もっと綺麗に咲かせるには」などと思いを深化させる夢咲人に対して、「巻き付かないのになぜツルと呼ぶのか、全く別のものなのになぜ同じ漢字を使うの」などとあらぬ方向へ意識を拡散させる夢耕人―― 正反対へ離れて行く関心事を、直ぐに絡み合う様に軌道修正出来るのは、オーナー二人の『夢ガーデン』に掛ける強い想いの“引力”のお陰かも知れません。

ともあれ、季節はやはり、夏は来ぬ、でしょうか。


   今日もまた  庭の花々  気になりて
        草取り鎌の  輝きを見る  ――   夢咲人

プロフィール

reborndreamgarden

Author:reborndreamgarden
6年前山口県岩国市へUターンし、荒廃した田畑
を夢のあるGardenに再生(REBORN)しようと
思っている団塊世代の夫婦です。
(ちなみに私たち夫婦は同い年です。)

月と星と妖精ダストのブログパーツ ver2
お願い
夢ガーデンは、広いスペースがあります。 これを管理・維持するハード面、ソフト面のアドバイスをして下さい。 ただし、cheapである事に特段のご配慮をお願いします。 出来るだけ自分達で作る、これが楽しみです。 夢耕人のtel: 09073572603
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