2017. 10. 03  
 主要新聞には毎週土曜日か日曜日あるいは月一回、本紙に比べてやや小ぶりのタブロイド版が付いています。これらは、コンビニや駅の売店などで売られている新聞には挟まれておらず、固定購読者向けサービスのようです。ウイークデイは忙しい読者も、土日曜日には朝食を挟んでゆっくり新聞を読む時間があるので、今時(いまどき)の関心の高い問題を深く掘り下げる記事であったり、文化・科学の話題を詳しく(あるいは判りやすく)解説したものを提供しています。
 そして、地域限定の話題で紙面構成しているものもあります。
毎日新聞が毎月第一日曜日に発行する「毎日新聞ふれあい毎日」もそうです。10月1日付けのこの新聞に、『夢ガーデン』が1面トップ、5段ぶち抜きで掲載されました。地域限定とは言え、山口県東部の5市4町をカバーしているのでかなりのエリアに発信された事になります。

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 記者(女性)との接触は、彼女が昨年の暮れに「新春岩国ラン展」の準備している例会を取材に来た時です。その際に、夢咲人から「オープンガーデンを創っているので、花の咲く時期に、機会があれば是非来て」と言ったのがきっかけで、6月に来園されました。そしてその時、『夢ガーデン』の広さと、再生過程に驚かれ、「是非大きな記事にしたい」と申し出があり、9月9日に、インタビューを含めて3時間を要した本格的な取材を受けました。

 さすがプロの記者です。
『夢ガーデン』オーナー二人が帰省の度に耕作放棄地の様に荒れた田畑を見て心痛めたこと、これを何とか再生しようと決心した理由、特に竹の伐採に苦労したこと、『 3C 』をコンセプトにしてガーデンを整備していること、そして今の心境などを旨くまとめ上げた記事が出来上がったのです。
 ただ、「地域景観にも貢献」の見出しが大き過ぎます。出来れば、「荒廃棚田を再生 オープンガーデンに」の見出しの方を大きくした方が良かったのでは、と思います。

 これを読むと、少し気恥ずかしい気がしないでもありませんが、やはり誇りに感じる気持ちが出てきました。これまで頑張れたのは、その道のプロに色々教えてもらったり、彼方此方のガーデンを観に行ったお陰だと思います。聞いたこと、見たことすべてが上手に結実している訳ではありません。掲載された新聞記事を遠く離れた二人の娘に送ったところ、小学六年生の孫から「少し大袈裟に書きすぎ!」とからかわれました。
でも、有名アスリートの言葉を借りて、臆面も無く言うことが出来ます。
  ―― 自分で自分を褒めてやりたい―― と。
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2017. 09. 20  
 2.5mぐらいの背丈から四方に伸びた枝の先端に、鮮やかな黄色の花をつけている「アンデスの乙女」が咲いています。

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この花は夢咲人が数年前友人から譲り受けたものですが、後日、草木に詳しい近所のNさんから「これはアンデスの乙女では無い。正式名はハナセンナである」と教えられました。「君の名は?」と思い、Webページを幾つか閲覧してみると、異なる説明がされているのが判りました。葉っぱの形の違いに焦点を当てて「ハナセンナとアンデスの乙女は別の種類である」との解説がある一方で、「昭和の初めに輸入したハナセンナ(和名)を、流通名としてアンデスの乙女と呼んだ」、つまり同じものとの説明です。南アメリカが原産であるこの花に、民族衣装を身にまとった綺麗な若い女性の姿を重ねて「アンデスの乙女」と言う、いかにも売れそうな名前を付けたのかも知れません。情報量の多さでは後者に分がありそうですが、真偽判断できる知識を、夢耕人は持っていません。

 ところで、アンデス地方の民族衣装の色は、黒みがかった赤色と深い青色がメインで、黄色はあまり無かった気がします。民族衣装には、その国の歴史、文化、さらには誇りさえありますので、「アンデスの乙女」→「アンデスの民族衣装」→「黄色」と直線的にイメージが導かれるのには違和感があります。遠い昔、地球の反対から長い船旅をして来たこの花の望郷の思いを汲み、太陽信仰が深い彼国に思いを込めて「アンデスの太陽」とネーミングにした方が良かったのでは、と思います。


平安時代初期の、イケメンで高貴な地位におられた方の有名な歌を改ざんさせて貰います。
  ―― 世の中に 絶えて 鯉(カープ)の なかりせば
       の心は のどけからまし ――

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ソワソワ、ソワソワ           王手

  「広島カープ頑張れ マジック減らせ」 「マジックが消えた 情けない」 「さよならホームラン やったー」 「最下位チームに負けるとは あーあ」 「ナイスプレー 流石」 「凡ゴロぐらい しっかり取れ」 「先発投手陣よ いつまでも野手におんぶされているんじゃー しっかりせんかー」 「頼む ここで抑えて」 etc。プロ野球のペナントレースが終わり近づいた今、無断盗作のこの歌の現代語訳は必要ないでしょう。
 そして、広島カープのセリーグ連覇が決まりました。連覇は37年ぶりです。ローカル球団ゆえに当地を含む広島を中心にした地域のファンの歓喜は大きく、カープに肩入れするマスコミの“ 扱い方 ”は異常です。この異常ぶりを見せつけた一つが中国新聞です。
普通、新聞の1面は新聞名や発行者、各ページの案内が短冊状に右側(朝日、毎日など)、もしくは最上段(読売、産経など)にスペースを割き、下段には書籍の広告が載っています。そして、主要な広いスペースには重要記事が四つ五つ、大きなヘッドラインを付けて割り当てられています。
 しかし、優勝が決まった翌日の中国新聞の1面は、まるでスポーツ紙か号外かと思われる紙面構成でした。カープだけ。
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更に、社説の書き出しはこうです ―― 「よくやった。」
そして、同じ社説の終わり近くではこう書いています。「昨年はあと一歩届かなかった日本一を今年こそ―。気が早いと言われようが、そんなファンの気持ちを代弁しておきたい。」

 夢咲人もスマホで「カープ応援女子会」なるものを結成したので、試合開始と共に、LINEを通じて歓喜と失望のメッセージが次々飛び込んできます。まるでマツダスタジアムでゲームを観ている感覚です。これが、『 ICT 』時代の野球観戦の一つの方法かも知れません。

 もし、秋風に色がついているのなら、今、『夢ガーデン』に吹く風の色は、黄色で無くて赤です。
もし、秋風が歌を歌うなら、カープの応援歌をリクエストしたいものです。
2017. 09. 05  
 「ノーモアヒロシマ」から「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」までの戦争特集が、恒例のようにマスコミに溢れた8月が過ぎ、9月に入りました。
 竹林に陽が隠れ、その竹の上側三分の一程度が風で前後左右に揺れています。昼間見えなかった月が高い空に白く見え始め、まだ明るいのにせっかちな虫は鳴いています。この夏は、所によっては雨や曇りの日が多く、集中的な豪雨に襲われた地方も有ったものの、山口県は「県全体が高気圧に覆われて晴れる日が続いた。高温少雨の夏」(下関地方気象台)でした。

 この時期、夏休みなどを利用して孫がやって来ます。例年3人来るのですが今年は事情が有って長女が連れてきた一人だけ。少し寂しい気がしましたが、逆に、十分な “接待” が出来ました。歴史に関心が強いと聞いていたので、来年 『 維新150年 』 の節目を迎え色々な催しが企画される日本海沿いの街・萩市に先ず連れて行きました。往復に要する時間を差し引くと、現地に留まれるのは約半日しか無く、観光タクシー三時間コースで、松蔭神社、東光寺、吉田松陰の墓所、志士達の生家、萩城趾などが効率良く回りました。
 “時代の先を行く”人達は多いが、“時代の先を行く”人達を多く育てた人は沢山いません。近代日本の骨格を創り上げた多くの志士達に絶大な思想的影響を与え、今でも、多数の市民が敬愛を込めて、松蔭先生と呼んでいる吉田松陰はそのうちの一人でしょう。その業績に触れた小学6年生の孫は、どの様に感じたでしょうか。明治維新を単なる歴史上の出来事として記憶するのでは無く、志を高く持ち、一生懸命勉強する事の大切さを少しでも学んでくれたら、『夢ガーデン』のオーナー二人は嬉しく思います。

松下村塾



 近くの小川で小魚を穫ったり、近隣の街の夏祭りにも出かけ、最後の日には広島原爆資料館に連れて行きました。
当館は改装中との事で、施設の約半分のスペースに原爆に関する資料が展示されており、『夢ガーデン』のオーナー二人もここを訪れたのは子供の頃であり、皆な初めての感でした。
被爆により壊滅した市街地、熱線で全身が焼けただれた被爆者、身につけたと思われる制服を探し集めて一体にした等身大の学徒動員の生徒の姿などを目にすると、核のボタンを押す命令が下せる世界中の指導者は、ヒロシマを必ず訪れるべき、と思いました―― そう、昨年の米国前大統領のオバマ氏の様に。
 四泊五日の楽しかったであろう小学生最後の夏休みを過ごしたの孫の心に、「起こった戦争」が、「起こしてはならない戦争」へと少しでも醸成されれば良いが、と思いながらJR広島駅で別れました。

原爆資料館


 当市では、朝6時、お昼前の11時、そして夕方5時に防災無線を通じてインストが流れます.昔は時報の役割があった様ですが、今では防災無線が緊急時に屋外に旨く届くか否かのチェックの意味も込められていると聞きます。そして夕方5時は、子供達の夏休みの期間中だけ、1時間繰り下げて6時になります。夏場の5時はまだ日が沈まず、「もう少し外で元気に遊びなさい」との教育的配慮(?)がされているのかも知れません。曲はゆったりした旋律に古き良き日本の夕暮れが思い浮かぶ有名な童謡『夕焼け小焼け』です。何処か、もの悲しいが、「早くお家に帰りなさい。美味しい夕ご飯を作って待っているから」と、我が子へ向けて母親の優しさが感じられる名曲です。この三回の定時放送がいつまでも穏やかに続くことを願いたい。虚を突かれる形で『Jアラート』が響き渡る―― あまり考えたくない状況です。

2017. 08. 07  
 真夏に花を付ける高木は少ない気がします。自力で日陰に逃げられず、水辺にも移動も出来ないので、照りつける陽の元では生命維持が精一杯で、花を咲かせる“体力”が無いのかも知れません。しかし、暑さに抗して、百日紅は放射状に伸びた高い枝先に白や薄紅色の花を咲かせています。でも、この木も新しい梢にしか花を付けないのは、体力勝負の時には命を繋ぐエネルギーの振り向け先に優先順位を付けている様な気がします。その花は神楽を舞う巫女が持つ鈴に似ていますが、スーと伸びた梢と組み合わせると煙突掃除のブラシにも見えます。
 百日紅が『夢ガーデン』にも咲いています。

百日紅白百日紅1

 百日紅はサルスベリとも呼ばれます。古い樹皮が剥がれ落ち、新しいスベスベした表面が出来ると、木登り名人も滑ってしまうと言う語源とは違い、猿は容易に登り下りするらしく、このネーミングには童話の世界に引き込まれる面白さがあります。そう言えば、動物の名前を付けた植物は多い――オオイヌノフグリ、カラスノエンドウ、ネコヤナギ、ヘビイチゴ等々。
 そして、アセビもそうです。葉っぱに毒があり、馬がうっかり食べると酔っ払った様になると言われて『馬酔木』と書きます。でも、小さい犬や猫で無く、乗り物として、農耕用として、あるいは、食料として飼っていた大きな馬でさえフラフラになる程の猛毒、とリスクの大きさをも表して名前を付けた先人の熟慮の深さには驚きです。

 瀬戸内には一日2回、凪があります。陸と海との、暖まりやすさと冷めやすさの違いによって起こる風向きが逆転する時です。気温の低い夜半からの気温が上昇し始める時の朝凪は多少我慢が出来きますが、昼間の熱気を吹き飛ばす風が止まる夕凪の時は厳しく、鳴く蝉の声はうっとうしい。

    蝉

 上から押しつける様な日の光と地面からのその照り返しに挟まれた日中の屋外作業は、最初から限定的と諦めていますが、日が落ちても尚、暑さが皮膚にへばりつく様な湿度の高い日の夕凪は、「何かをやろう」、との気持ちを萎えさせます。

 先日、広島市へ出かけました。上下からの暑さに加え、冷房機器などの“横から”の暑さを強く感じました。エヤコンはフル稼働だろうなと思った時、ここ数年、夏場の電力供給危機が言われないのに気づきました。大震災直後は、「電力需要に対して供給能力予備率は5%を切りそうだ」とか「突然の大停電を防ぐ為に計画停電をせざるを得ない」とか、かなり電力供給危機が喧伝されたように思いますが、最近をあまり聞きません。何故でしょうか?
  ①電気エネルギーを多量消費する業種が縮小している、
  ②産業用、民生用共に『省エネ』技術が進んでいる、
  ③原発を早期に再稼働したい電力業界と、『ベースロード電源』として原発の必要を訴える政府の、将来の電気需要増の見積もりとは逆の結果になっている、つまり、電気は余っている、などが理由ではないでしょうか。
特に、GDP(国内総生産)が極めて緩やかながら右肩上がりを続けているのに、電力需要量は右肩下がりの傾向にあるには、前記した①②の理由が大きいと思います。

 日本の電力消費活動は、徐々にであるものの、変わって来ている気がします。
例えて言うならば、安価でボリュームたっぷりの定食を食べた人々が、安全性など食の素材にこだわり、小量だけど美味しいものを、多少値が張っても食べたいと、好みが変わって来た様に。




2017. 07. 17  
 『岩国れんこん』とブランド名で呼ばれるレンコンが採れます。錦川から枝分かれした川が作った三角州に広がる湿地帯に作付けされ、肉厚の割に柔らかく、シャキシャキした食感が好まれ、穴の数が九つであることと相まって全国有数の出荷量を誇ります。七十二候の『蓮始開』(はすはじめてひらく)のこの時期、レンコンの花、つまり蓮の花が、咲き始めました。泥水の中からスラリと伸びた茎の先端に咲く白や淡紅色の蓮の花は、その凜とした美しい花姿から極楽浄土に咲くと言われています。『岩国れんこん』は当市尾津地区で沢山栽培されており、この時期のこの地は極楽の筈ですが、隣接した場所には軍用地があり、極楽よりも地獄に近い気がします。

蓮田遠景蓮の華

 米軍海兵隊の航空基地があります。海上自衛隊や民間旅客機も同じ滑走路を使っています。つまり、ここの飛行場は、米軍にとっては『US Marine Corp Air Station IWAKUNI』であり、自衛隊にとっては『海上自衛隊岩国航空基地』と呼び、民間旅客機にとっては『岩国錦帯橋空港』と名前を変えます。でも、一日5便往復だけの民間機定期便は、軍用機活動の合間を縫って慎ましく離着陸している状態です。
 神奈川県の厚木から米軍空母艦載機が60機程度移駐する事を、山口県知事、岩国市長、近隣首長が認めたので順次移駐が始まります。完了すれば機数では沖縄嘉手納基地を凌ぎ、東アジア最大の米軍航空基地となります。朝鮮半島に機首を向け、翼の下にミサイルを抱いた戦闘機は何時でも次々発進する状態が出来上がるのです。半島北半分に君臨する若い指導者は、“有事”の際には在日米軍基地を攻撃目標とすると公言していますので、その際この飛行場は最重要ターゲットになると思います。
 “有事”は“地獄”です。「来世にこそ極楽浄土がある」と、説く仏教指導者の言葉は、「辛い、苦しい、厳しい現世を甘受し、耐えなさい」と、聞こえてなりません。しかし、私達は今を生きています。昔には「何とかしたい」と、“現世”に立ち向かった名高き高僧がいた様な気がしますが――。



 ところで、レンコンの穴は何の為に有るのか不思議でした。ネットで“指先学習”すると、地上にある葉や茎と繋がった“通気孔”と解答されています。でも、空気を、どの様にして地下茎(レンコン)は体内に取り込むのでしょうか?。空気と一緒に入った水などが、特に秋に葉や茎が枯れ倒れた後には、泥水も入る可能性もあるでしょう。空気だけを通すフィルターが有るのでしょうか?。仮に、レンコンの成長の為に空気が必要ならば、毛細血管の様な細い管を肉内に這わせた方が効率的では?
この解答は腑に落ちません。

 “緑のカーテン”は、見た目に優しい緑の大きな葉っぱが陽を遮り、つるが短い時間で窓辺や壁を駆け登るように成長し、花が楽しめ、実を付けたら美味しく頂けるなどの特徴を持っています。特に気孔からの水分の蒸散は気化熱を奪うので、地球温暖化の防止にも役立っています。その代表は、なじみ深い、ゴーヤ、アサガオでしょう。拙宅の和室の前にはこの代表者を並べて植えています。旺盛だった葉っぱが目立っていましたが、ゴーヤに実が付き、アサガオにも花が開き始めました。

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 このゴーヤの実の表面のブツブツは何の為に有るのか不思議に思っていました。その解答が甲南大学の田中修 特別客員教授の著書『植物はすごい 七不思議編』(中公新書)にありました。
 書かれた内容を抄訳すると、「表面がデコボコだと表面積が大きくなり、光合成の為の光を多く受け入れるとの説があるが、でもゴーヤにとって昼間の光りは不足どころか、強すぎる。強い光はゴーヤの種にとっては有害である。だから、ブツブツは表面にデコボコを作って影をつくり、太陽の光が実全体に直接当たらないようにしている」。
 しかし、どうも合点がいきません。『夢ガーデン』で採れた長さ二十数センチのゴーヤを測ってみると、一番太い所が直径四センチで、突起している部分はたった二ミリ程度しか有りませんでした。沢山あるとは言え、突起部で影は作れるのでしょうか?。また、ゴーヤの実は大きな葉っぱに半分身を隠す様にぶら下がります。もっともっと影が必要なれば、自分の周りに沢山の葉っぱを配置すれば良いのに?。長年植物を研究しておられる田中教授の説は正しいのでしょう。でも、腑に落ちません。
「きれい」とか「美しい」とかだけで無く、別の角度から草木を観ると、腑に落ちない事が沢山あります。

 ゴーヤ(苦瓜)が秋の季語である事を、歳時記で始めて知りました。どうみても、“夏”でしょう.そう言えば、アサガオも“秋”だそうです。全く腑に落ちません。人気のTV番組『プレバト』の夏井さつき先生に理由を聞いてみたいものです。
2017. 07. 06  
 梅雨も後半に向かい、夏至を過ぎて十一日経った日を七十二候では『半夏生』と呼びます。この時期に花が咲くので、その名前が付いた言われたり、花のすぐ下のハート形の葉が白く変化するので、『半化粧』と呼ばれたりするドクダミ科の花が『夢ガーデン』に咲いています。
 半夏生はともかく、半分しか化粧していないとか、中途半端に化粧したままとやや見下げて、半化粧と呼ぶのは少し可愛そうな気がします。ふつう、緑の葉が白く変色すると枯れたと思いますが、少し離れて見ると白い葉はまるで花弁かと見間違えます。メークアップアーチストよりもスタイリストの助言を受け入れた様です。葉を花弁に見立てさせる技で、昆虫を呼び寄せるのかも知れません。さらに、この白い葉の裏側は変色していません。「見えない所は化粧しなくてもいいのよ」――魔性の呟きが聞こえます。

DSC_0097.jpg 全体像

 政治的に大きな出来事が終わった翌日の新聞1面トップと、社説のそれぞれの見出しを各紙が如何に書くのか比べてみると面白い。7月2日に行われた東京都議選の結果を全国主要各紙はどの様に書いたのか興味があり、図書館で読み比べてみました。
 完敗した自民党に焦点を絞ったのが、朝日新聞と読売新聞。
   朝日:1面 「自民惨敗 過去最低」 
      社説 「政権のおごりへの審判だ」
   読売:1面 「自民歴史的惨敗」 
      社説 「安部1強の慢心を反省せよ」
勝った方にも少し配慮したのが、毎日新聞。
   1面 「自民惨敗 小池系圧勝」
   社説 「おごりへの反発強かった」
そして、完勝側にアングルを向けたのが、産経新聞。
   1面 「小池勢力が過半数」
   社説 「都政改革の期待に応えよ」 
ちなみに、有力地方紙の中国新聞は、
   1面 「自民惨敗 過去最低」
   社説 「「おごり」厳しく総括を」 と書いてました。

 どう見ても産経新聞のヘッドラインは奇異に映ります。知事に就任して1年にもならないのに、「小池都政」への期待や苦言は早すぎます。首相から「読みなさい」と言われた読売でさえ、「反省せよ」と政権を叱責しているいるのに、常日頃、政権寄りの意見を発信すると言われる産経が、「自民党惨敗の原因隠し」の論調を展開していると言われても仕方がありません。

 かってプロ野球の名選手で、監督になってからは知将の名を欲しいままにした野村克也氏がその著書で「勝ちに不思議な勝ちはあっても、負けに不思議な負けは無い」と書いておられたのを記憶しています。これは野球の話ですが、勝負と言う意味では選挙も同じです。勝った要因を一生懸命探っても、“不思議”のままで終わる事があります。それよりも敗因を真剣に探る事の方が重要です。 
 今回の選挙結果を、首相自ら「大変厳しい叱咤と深刻に受け止め、深く反省しなければならない」と言っています。強引な国会運営、森友・加計学園への首相の資質に関わる問題、政治信条が近い主要閣僚のかばい方、さらには人間性にさえ疑問が付く自民党所属議員の暴言・暴行などなど敗因は色々ある中で、本当に「深く反省」しているのか疑問です。

 現政権の致命的欠陥は情報管理の稚拙さ――厳しく言うならば、情報隠匿の体質です。これはある意味危険です。相手に“手の内”を見せる訳にはいきませんので、国には外交や防衛などに関する隠すべき情報はあります。しかし、個人情報に関わる以外の多くの情報は“見える化”を進めるべきです。マスコミや野党から、「出せ 出せ」と言われても、「無い」・「破棄した」と答えるだけでは、国民の支持は得られません。
 強固なガードで情報流出を防いだつもりでも、小さな“穴”は有るものです。一度漏れた情報の伝わり方は昔と違います。パソコンやスマホであっと言う間に拡散した情報は、国民の関心が深ければ、さらに増幅され、怪しいと判断されたら、怒濤となって“1強”にも襲いかかります。隠すべき情報は最低限にとどめる――これが現代の情報管理の基本です。「無い」と言っておいて、後から「有った」と言う弁明は、国民に不信感を抱かせるだけです。 情報には政権にとって好ましくない内容もあるでしょう。でも、「重大な問題だ」とか、「たいした事では無い」とか、「この程度なら看過できる」とかの判断は国民がするものであり、これに耐えうるべく「緊張感を持って」政権運営をしたか否か、この点を「深く反省」すべきです。
2017. 06. 28  
 梅雨入り宣言をされた後、三週間 “らしく無い” 天気が続き、田畑の植物からは渇水の喘ぎが聞こえていましたが、先週半ばから雨も降り “らしく” なりました。『夢ガーデン』には、夢咲人があちこち植えたユリの花が咲いています。どんよりとした空模様に抗するかの様に、アジサイと共に爽やかさを競っています。ユリは“稟”とした美しさがあります。それは空に向かって50cm~1m程度に垂直に伸びる茎のお陰でしょう。稟で勝負するのか、かわいさ を全面に出すのか,“花戦さ”はどこか妖しげです。

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 いささか物騒な冠を付けられたテッポウユリは、伸びた茎の先端で真横に咲く花姿が、ラッパ銃に似ている事が名前の由来と聞きます。また、上向きに咲いた花の付け根部分が細く、透けて見えるので、こんな名前が付けられたと言うスカシユリもあります。どちらの花も名前が無粋なので、命名にはもう少し工夫があれば、と思います。名付け親は忘れられても、名前は時間を越えて行きます。

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 “ユリ”の名前の頭に「小」を付けると、昭和を代表する人気の美人女優の名前になります――吉永小百合。
『いつでも夢を』を歌っていた60年代の彼女は映画界では清純派の代表でした。今でもサユリストと称されるファンも多いが、夢耕人はあまり彼女主演の映画を観ていません。たぶん、色々な困難に遭っても若いカップルが最後には純愛を貫き通す――こんなストーリーだとかってに想像し、話の先が見えた映画は観なかったのです。でも後年には沢山の有名映画主演賞を受賞したらしく、清純派から演技派になった様です。
 そして近年、彼女は反原爆の声を上げ、反戦を詠っている機会が多い様に思います。1980年代にNHKテレビドラマで、山陰のひなびた温泉を舞台にした『夢千代日記』に主演した事が契機になったのかも知れません。原爆を胎内被爆し、余命幾ばくもないと宣言された女将を演じたのが、実生活でも反原爆へ向かわせたに違いありません。  
 架空の人にもなれ、どんな人の人生でも演じる事が出来る映画俳優も、どうしても出来ない役柄があります。吉永小百合には “汚れ役” は出来ないでしょう。天賦の美が邪魔をしますので。

 “ユリ”の名前の後ろに「子」が付いた女性が今マスコミを賑わせています――小池百合子。
政治家として衆目を集める技を得意とする東京都知事です。政敵を諸悪の根源かの様に公衆の面前に引っ張り出し、これと徹底的に対峙する役割を見事に演じる姿はマスコミ受けがいい。「政界渡り鳥」と言われ、政治家としての一貫した信条が有るのか否かいささか疑問ですが、環境相だった時代には「クールビズ」を定着させ、防衛事務次官をバッサリ切り捨てた技をも持っています。そして、今、「〇〇ファースト」と言う言葉を流行らせたのも彼女です。
 最近彼女は、「都民にとって重要な事柄は、その決定に至る過程をすべて公開する」、と公言しています。良いことです。情報公開は民主主義の基本ですから。知るべき情報が「有るのか」と質問すれば「そんな情報は無い」と強弁し、その情報が出てきたら「その内容は嘘だ」と開き直る、まるで、昔の統治者の「知らしむべからず」ごとき情報公開を “敵視” する現政権と対極にある姿勢です。
 ただ、「国盗り」は旨いが、伏魔殿と揶揄される東京の行政組織の長として「盗った国を民の幸せの為に治める」能力は判りません。「百合子ファースト」にならない為に、日本の人口の1割を占める東京都の有権者は厳しい監視の目を持って頂きたい。

 そして、“ユリ”の前に二字付けると悪夢が甦ります――ひめゆり。
沖縄島民の4分の1が亡くなった72年前、悲惨な戦争の象徴の様な若い女性達です。非業の死を強要された苦しみと悲しみ、未来を無残に断ち切られた悔しさ、そして彼女達をここまで追い込んだ戦争指導者へ向けた激しい怒りは、想像を超えます。
 そう言えば6月23日は「沖縄慰霊の日」でした。
塔の前で手を合わせ額ずくのが「静なる慰霊」でしょう。しかし、「動なる慰霊」は塔の前に行かなくとも、誰でも、出来ます。戦争はある日突然起こるものでは無く、多くの人々が気がつかない中で、少しずつ少しずつ、その方向へ進んでいくのです。日頃の生活に追われる中でも、戦争への道は芽の段階で摘み取る事が「動なる慰霊」では無いでしょうか。
「戦争に巻き込まれない為に、憲法を変える」と声高に言う人と、「今の憲法があるから、戦争が無かった」と反論する人のどちらを支持するのか――どうやら政府は数年後には、国民に対して、この選択を迫るつもりの様です。
どちらを選ぶとしても、塔の前で自分自身の考えを、自分自身の言葉で真正面から彼女達に伝えられる覚悟を持つ事が「真なる慰霊」だと思います。

 





2017. 06. 09  
  かつては田んぼに水を引き込む役割を担った堤(貯水地)も、土手の底部から水漏れが起こり、雑草が生い茂る単なる水路でしか無かった所を、去年の年明けに整備しました。その時には、ぬかるみ対策やコンクリートブロックの上に化粧レンガなどを敷いて「島」や「飛び石」を造り底面を歩ける様にしました。水路は堤の岸側に添って流し、菖蒲の咲く今の時期は結構見栄えする『水辺のガーデン』でした。しかし、大雨の時には水路が壊れてしまうなど、リニューアルする必要が出てきました。
 そこで、山から落ちてきた水を排水口まで導く水路は堤底面のほぼ真ん中を蛇行させ、一方が湿地で、他方は乾燥地としてはっきりと区分したデザインとしました。近所で解体したお家の青い屋根瓦を頂き、これを並べた乾燥地側の川岸を造りました。一方に湿地は、大雨が降れば、自然に水が流れ込む構造とし、湿原のイメージを保つことにしました。そして、乾燥地の一角に、口直径50数センチ、高さ60数センチ、最大腰回りが2メートル近い大きな古い壺を配置しました。これも、近所からタダで頂いたもので、その運搬まで手伝わせてしまった、誠に恐縮な絶品です。
 これに、何を植えようか、植えまいか―― 夢咲人の楽しい思案が続きます。

堤全景

堤の中の壺


 
TV番組に、養老孟司東大名誉教授と一緒に出演した青山学院大の教授で生物学者の福岡伸一氏が、“種の存在価値”から観たヒトの高齢化についての話をされ、放映から数日後にほぼ同じ内容を新聞のコラムに書かれていました。
 二つを重ね合わせると、
①虫などは生殖期間を終えると死ぬものが少なく無い。
②この期間を過ぎても生きている高等動物は多いが、この期間が終わった後、30年にも長き「老後」(オスを含めて)が存在する生物はヒトだけである。
③この事は進化史上有益だったからこそ、その特性が保存されたのである。それは次の世代が子育てをするのを手伝い、経験、知恵、知識を手渡すことである(つまり親世代は、子供世代がその子供を育て成長させるのを助ける役目を持っている)。
④福祉政策上、負担と給付の兼ね合いで世代間対立を強調する向きもあるが、長寿は、“種”としてのヒトが持つ特性であり、無駄でも毒でも無い。
などでした。

 これは高齢者を元気づけ面白い学説だな、と思っていました。そんな中、内閣府のこれに関連した調査結果が数日前に新聞報道されました――「60歳を過ぎても、18歳以上の子や孫の生活費を一定以上負担している人が2割いること、(略) 生活費をもらう子や孫の8割は働いていて、収入が足りない若い世代を親世代が支え続けている」――と。
昔は、学校を出て職に就く事は親からの独立であり、“一本立ち”のスタートであったと思います。そして、親は「これで責任は果たした。ヤレヤレ」と、安堵の心持ちになったのに、です。子供や孫の生活費の一部を負担している年金世代が2割いるとは、やや高い数値の様な気がします。この数値が増えているのか減っているのか分かりませんが、福岡教授の説に従えば、たぶん、増えているのでしょう。

 親世代が子供世代を経済的支援をしている(或いは、せざるを得ない)理由には色々あるでしょう。幾つか考えてみると、
①右肩上がりに収入が増えた高度成長期と違い、収入の伸びが鈍化している今は、子供世代の経済的余裕が少ない。
②非正規社員やアルバイトと言った相対的収入の低い子供世代が増えている。



③生活保護を受けている160万世帯の50%近くが高齢者世帯である厳しい現実がある一方、教育や住宅などへの負担が終わり、「経済的暮らし向きについては心配ない」(内閣府調査への回答)とする高齢者も6割以上もおり、経済的余裕がある親世代は多い。
④初婚年齢が30歳前後まで上がり、その間は親と同居し、パラサイトと揶揄されている子供世代も多い。
⑤1.5以下の出生率は、二組の子供世代夫婦に三人の孫しかいない現状となり、「可愛い孫の為には」と思う親世代も多い。
⑥夫婦となったカップルの内、三分の一は離婚する。この場合、特にシングルマザーとなった家庭の経済的困苦は少なくなく、これら家庭では孫世代への教育に支障をきたさない為にも、親世代への援助が必要、
などが考えられます。

 福岡教授理論に従えば、この事は「ヒトの進化史上有益である」、と言う事になります。この説が正しいとして、これをより進化させるのは、親世代として次の点を考えなければならないと夢耕人は思います。
 一つ目は、自分達だけの損得を考えるのでなく、子供や孫にとって、それが本当に良いことか否かを考え、政治的意思表示=選挙での投票を冷静に行う事(例えば、数十年後には、日本の人口は8000万~9000万人に激減すると言われる中で、原発や高速多量運搬交通システムの拡大は本当に必要か?)
二つ目は、毎年1~2兆円規模で膨らみ続ける社会保障費のなかで医療費、介護費の高齢者負担軽減策を甘受していいのか(例えば、後期高齢者の医療費自己負担比率、自治体が経営主体のバス代などの過剰な高齢者優遇制度をただ喜んで良いのか?。シルバー割引など高齢者優遇策などは民間に委せた方が旨い。)
三つ目は、出口治明氏の受け売りですが、高齢の親からの消費行動が相対的に衰えた高齢の子供への資産の移動(遺産相続)には最大限の課税を課す一方で、お金を必要とする子供や孫には課税ゼロで資産の移動(生前贈与)を可能にする。お金は消費が萎えた人よりも活発な人へ渡す方が、活発に回り始める。
 
 世の中で起こっている事を、“新しい視点”で見つめ直す才に乏しい夢耕人ですが、賢者の“新しい視点”を見聞きするのは楽しい。
2017. 04. 18  
         散る桜 残る桜も 散る桜
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 散り際の潔ぎ良さには、はかない“美”もある桜ですが今年の落花は急ぎません。たぶん、温かい日の後に一転して花冷えが続いた、そんな気温変化の為なのでしょう。
 突風に煽られて舞い上がった沢山の花ビラが、春陽を浴びてヒラヒラ落ちていく吹雪もいいですが、名残を惜しむかの様に枝に残る桜花には、去っていった彼人への慕情を、咲き誇った時よりも散っていく姿の方がいいと例えた、いにしえのエッセイストの心の深淵が窺えます。ところが昨日は、発達した低気圧で西日本は大荒れでした。『夢ガーデン』の草木も激しい雨風に晒され、「散る桜 残った桜も 散った桜」になってしまいました。

 「花が散る」と言えば、どこか物悲しさが漂いますが、春は違います。散る花よりも色華やかな次の花に目が移り、回り舞台の次のシーンを待つ観客の気持ちに似た高揚感があります。そんな中でも、今、チューリップが目立ちます。
 赤、ピンク、黄色、紫色等々華やかなこの花は子供達にも絶大な人気を誇りますが、翌年に大きな球根で花を咲かそうとすれば、開花したら直ぐに花部を切り取らねばならないとの事で、球根販売をしている人は、さっさと切り取るのでしょう。次の世代へ命のリレーの役割を終えた後もまだ綺麗な花姿の最後としては、どこか、悲しい。でも、夢咲人は花ビラに陰りが出るまで待ちます。咲かすまでの手間暇の対価の“美”は長い時間の方がいいに決まっています。

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 女子フィギャースケーターの浅田真央さんがアマとしての現役引退を表明しました。
 素人目にはスロービデオでしか数えられない三回転を跳び、可愛い笑顔で氷上に舞う彼女のファンは多い。古くは、ジャネットリン、伊藤みどりなどの活躍で女子フィギャースケートが注目を浴びましたが、この種目をここまでメジャーに押し上げたのは、「イナバウワーの荒川静香」と「真央ちゃん」でしょう。
 テロ、米国大統領、北朝鮮、豊洲など世の中を分断する出来事は、TVワイドショーの格好の題材です。ただ、こんな話題が強調され連続的に流されると、「仲間になりたい」と言う脳細胞が持つ本能の一つが侵されていく気がします。
これに対して「真央ちゃん」の現役引退は、小さい頃からの練習熱心なエピソード、韓国選手とのオリンピックでの一騎打ち、最愛の母親との別れなど、ワイドショーに一時(ひととき)だけ涼風を吹き込みました。現役トップアスリートの肉体的、精神的苦痛は、凡なる人々には理解できませんが、「声援ありがとうございました」との笑顔での別れの挨拶には、バトンを次の世代に渡し、「重荷」から解放された安らぎが漂っていました。

 残った桜花、咲き続けるチューリップ、惜しまれる引退 ― それぞれの終わり方には、それぞれの‘’華‘’があります。
 
 




 
2017. 04. 09  
 プロ野球のぺナントレースが開幕しました。
広島県と境を接し二軍練習場もある岩国市は、プロ野球に関心ある市民の圧倒的多数が『広島カープ』のファンです。原爆ドームと並び広島県の二大観光地の厳島神社を、氏神として敬愛した平家一門の言葉に擬(たと)えて言うならば、「広島カープのファンならずんば、プロ野球ファンにあらず」の感です。
 昨年25年ぶりにセリーグを制覇したが、日本ハムに敗れ日本一になれなかった悔しさを晴らす―― 球団や選手はもちろんファンの願いはこれにつきます。ペナントレースが始まったばかりと言うのに、当地では早くもヒートアップしてきています。昨年、日毎に減り続けるマジックナンバーが掲示された『夢ガーデン』の最寄りのJR駅前に、早速、大きく長い応援垂れ幕が掲げられました。
垂れ幕の下の部分に応援団体名が小さく載っています――左から、岩国市、由宇町観光協会、カープ由宇協力会。この協力会に2000円払って夢耕人も入会しました。入会しても観戦チケットの優先的購入権などは無いないものの、カープ応援バスツヮーなども企画されている上に、監督や選手が月別に載ったA2版程度のカラーカレンダーが必ず貰えます。グッズショップで買えば1200円相当だそうですので、残りの800円が“協力金”です。

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 女子の語感からくる艶っぽさは薄らいできましたが、夢咲人は完全に『カープ女子』です。「もっと、もっと、カープの情報が欲しい」と言いだし、ペナントレース開催期間の限定付きで中国新聞の購読契約をしてしまいました。
 広島市に本社を置くこの新聞のスポーツ欄の中での、カープ情報の多い事。紙面上部には今年のチームスローガン『力舞吼!』(かぶく、と読みます)を織り込んだ真っ赤なストライブを真横に走らせ、試合のあった翌日は当然としても、無かった次の日もかなりのスペースを割いてカープ情報伝え、二軍ウエスタンリーグの結果さえも写真入りで報じています。


 数百万部を誇る全国紙とは一桁違うものの、六十万部を越える発行部数を誇るローカル紙の雄が、ペナントレース開幕日の3月31日に、カープ応援の社説を掲げました。「社説にプロ野球一球団の応援メッセージを載せるとは」、夢耕人は驚きました。若い人の言い方を真似ると、「マジ!?」。そこで、全国紙読売新聞が気になり、図書館で確認してみました。やはり、社説でプロ野球開幕に触れていましたが、中身はプロ野球全体の興隆を願う趣旨であり、「頑張れ、 ジャイアンツ!」一辺倒ではありませんでした。 圧倒的な量を誇る電子情報に、押され気味の紙情報の新聞ですが、どんな人を受取人(読者)と想定して情報発信しているのかを推察するのも、面白い。

 その広島カープは開幕から絶好調です。密林に君臨する猛々しい虎(阪神)を蹴飛ばし、風雲を突いて天に昇る竜(中日)を引きずり下ろしました――まさに竜虎ものともせず、です。その後は、空中を飛びながら急旋回が得意な燕(ヤクルト)の両翼を共にドラ1の若鯉がばっさり切り落としました。「タナキクマル」・「アライさんです!」・「神ってる」・「助っ人大砲」・「黒田の穴は誰がを埋める」等々、今から六ヶ月間は話題に事欠かない。


 ユキヤナギ           ピンクユキヤナギ
雪柳 紅ユキヤナギ

  今、『夢ガーデン』には、全方位的に広がった細い枝が途中から垂れ下がり、そこにまるで雪が降り積もった様な姿からこの名前が付いたと言われるユキヤナギ(=雪柳)が咲いてます。小さい花姿から“愛らしさ”との花言葉を持ちますが、たくさん咲きますので豪華さもあります。一方、花ビラを淡いピンクに色付けした品種改良品、ピンクユキヤナギも咲いています。「紅い雪」です。今後改良技術が進み黄色の花も出来るかも知れません。そうしたら、コガネユキヤナギと名付けられるかも知れません。「黄色の雪」です。
 その点、洋ランの名前の付け方ははっきりしています。洋ランの名前は、「属名」+「種名」+「個名」で規格化されており、種名のところで、原種は小文字で始め、交配種の名前では大文字で書き始めます。

 雪柳と書き、ユキヤナギと呼び、紅い雪とも名付ける日本語には、奥深さとしなやかさ、そして、何処か曖昧さを持つ“妙”があります。
 


 
2017. 03. 30  
  ようこそ!! レストランカフェ『夢ガーデン』へ 
    
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 二十四節気が国民の祝日になっているのは、春分の日と秋分の日だけです。法によれば、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」事が趣旨とされ、秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった人をしのぶ」日とされています。しかし、元々二十四節気は、昼と夜の長さが同じになる日を基点として太陽の位置を割り出し、一年を二十四の節気に分けたと聞きますので、秋分の日の制定趣旨には多少疑問が有ります。たぶん、この両日は共に彼岸の中日になっているから、せめて秋分の日だけは、宗教色を薄めながらも先祖供養の必要性を強調したのかも知れません。

 歳時記に石川啄木のこんな句が出ていました――毎年よ 彼岸の入に 寒いのは――。でも数日前には東京で雪が降ったそうですし、栃木県では若い命が雪下に埋もれたニュースも流れています。入りだけでなく、明けても寒い日もあります。
 しかし、今の時期になると「桜はまだ?」と言いたくなり、心も弾んできます。桜を植え永く育て守っている人、先に逝った人を偲び祈る人、新しい旅立ちに胸を膨らませている人、桜花の下で杯を傾けるのを待ち望んでいる人。そんな人々の思いを受け止める桜前線は、今年も、列島を南から北へ確実にやって来ます――満開は何時?。

 別れの三月、旅立ちの四月の間に春休みがあります。初めて小学校に行く園児達、中学高校へ進む児童生徒達、自らの将来をも決める進学、就職の選択をした若者達、それぞれにとって不安よりもずっと大きな夢が膨らむ期間が、春休みです。そんな春休みを使って、次女が孫二人を連れて『夢ガーデン』にやって来ました。年上の孫は小学校入学にはまだ間があり、幼稚園内進級までの休みってとこです。
 正月に会っているのであまり変わっていないだろうと思っていましたが、子供の成長のスピードは、やはり速い。


年上の孫は、すれ違う車のナンバーがなんとか読める様になり、簡単なトランプゲーム「神経衰弱」や「ババ抜き」は多少のサポートをすれば大人と対等に遊べるようになりました。又、作業用の一輪車をバランスを取りながら『夢ガーデン』で引き抜いた雑草や花殻を運んでいました。これを見て「上手! 上手!」。孫達への採点基準は、なんと甘い事か。

     一輪車

 そして、びっくりするやら爆笑するやらした話を一つ。
生徒達に全く知らせずに卒業式の後にサプライズを仕掛けた中学校の様子を、皆でTVで観ていた時の事です。厳粛な式が終わった後、校長が「皆に、お祝いが残っています。」と言うと同時に緞帳がスルスルと上がりました。そこにはアイドル歌手グループが登壇しており、元担任の音楽教師のピアノ伴奏に合わせて華やかに、アップテンポな曲を歌い出したのです。卒業生達が驚き場内は騒然。椅子から立ち上がり手拍子をしながら声援を送る子、隣りの席の友達と手を叩きながら驚きを爆発させている子、中には感激のあまり涙ぐむ女生徒もいました。学校が仕掛けたサプライズは大成功でした。彼ら、彼女らにとって、忘れられない日となるのは間違いありません。そして番組が終わった後、孫がひとこと言いました。「いい話やなー」。

 一方、もうすぐ二歳になる年下の方は、正月には「おいで」と言っても首を横に振るだけの、いわゆる“人見知しり”状態でしたが、今回はこれをクリアーしていました。ソファーで立ち上がり、「おいで」と言いながらフロアーで待ち受ける夢耕人に、まるで樹間を翔ぶムササビの様に両手を大きく広げて飛び込んできます。そして、「もう一回」「もう一回」と何度も催促します。小さいとは言え十数キログラムある肉塊を受け止めるには限度があります――「もうこれで、お仕舞い!」。

ガーデン4人 ガーデン3人
ポニー 蜂

 『夢ガーデン』で夢咲人の手作り弁当を食べました ―― 「ばーちゃん 美味しい!」。
山口フラワーランドでポニーに乗りました。蜂さんにも跨がりました。周防大島の尻尾にある小さな水族館でちっちゃなお魚も観ました。
 孫達にとっては楽しい一週間の休暇は、『夢ガーデン』オーナー達には疲れる(?)“接待”の期間でした。世代を超えた絆を深める“接待”は、疲れもどこか心地良い。

 
 





 

 
2017. 03. 06  
 『夢ガーデン』のあちこちに、薄いピンク色や白色のクリスマスローズが咲いてます。イギリスのクリスマスの頃にバラに似た花を開花させるのが、この名の由来だそうですが、交配され品種改良されて最近人気が高まった種は、春浅きこの時期に咲きます――名は体を表していません。ある人が言っています。「これは、クリスマスローズでは無く、スプリングローズだ」と。
 寒風の中でもしっかりした緑葉を持ち、その長くない茎の先に、花と見まちがう五つの萼が開いています。固く握りしめた拳(こぶし)を半開きにした様な萼は、うつむき加減に下を向いてつつましやかです。陽に向かって伸びやかに大きく咲くイメージが先行する「スプリング」よりも、多くの草花はまだ弱々しく、木々の蕾は膨らみ始めたとは言えまだ固さの残る今の時期では‘早春’を冠に使った方が良いのでは。こう呼びましょう。『アーリースプリングローズ』。

白ピンク


 ほんのこの間、新年の挨拶を済ませたのにもう弥生三月です。時間が経つのが早過ぎます。年を取ると時間が経つのが子供のころよりも早い、と感じる理由を「同じ1年でも、10歳の子供にとっては人生の10分の1であり、60歳の大人にとっては60分の1である。年齢に対する比は小さいほど時間が短く感じられるので、加齢によって時間が短く感じられることになる」と理解していました。この考え方、ジャネーの法則と言う事をも今回初めて知りました。
 数日前、これは実験などで実証した法則では無く、日常経験の直感から導いた仮説に過ぎない、と書かれた本に出会いました。時間潰しに岩国中央図書館に立ち寄った時です。特に探したい著者も無いので、書棚の上から下へ、右から左へ、翻って左から右へと漫然と著書名を追いかけていた際に、『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)と言う本にぶつかりました。著者は、実験心理学を研究している一川誠(いちかわまこと)と言う大學准教授です。なにせ、書かれた初版が10年近く前ですので、今は教授になられているかも知れませんが。



 著者は、この本の中で実験心理学を使い「仮設」である事を論じられていました(実験心理学なる研究分野がある事にも驚きました)。では何故、年を取ると時間が経つのが子供のころよりも早い、と感じるのか。未解明の部分が沢山あるとの前提で、夢耕人流に著者の結論を雑駁にまとめ、且つ私見を加えるとこうなります。
  加齢と共に、情報処理能力が落ち、判断力は鈍り、体力は低下
  してくる。これまで一定の時間を掛ければ出来た事が、どんどん
  出来無くなる。
  特に、なにかをやり遂げる必要が有った課題を、時間内に
  出来ず、過ぎ去った物理的時間に驚き嘆く。
  「もうこんなに日が経ったの!」「もう一年は終わりなの!」。 
  そうです、私達やそれ以上の世代の人は、日常的に、「時間が
  早いね」といいますが、これは「年をとったね」と言っいると
  同じ事なのである。


 嫌ですね、この結論。そしたら、早く感じる時間を少しでも遅くする方法はないのでしょうか?。
 本の中にヒントが有りました。まとめてみると、次の様になりました。
①入手可能情報が多すぎる現在では、「やりたい事」が多すぎます。しかし、「やりたい事」と「出来る事」をはっきりさせる事が、まず必要です。
②「やりたくて出来る事」には、十分な時間を割り当てます。
③「やりたくても出来る余裕のない事」は、さっさと諦めるか、大幅に時間配分を変えます。
③時間が足りなくなるので、「やってもやらなくても良い事」を思い切って捨てます。
こうすれば、「やりたい事」が、設定時間内に出来る。すなわち、時間は早く過ぎる、と感じない。

フリーマーケット
 隣町の造園業者が、月一回「フリーマーケット」を開いています。夢咲人の友人を誘い三人で出かけてみました。結構広い屋外スペースが確保され、その一角では小さな‘ライブショー’も開催され活況を呈していました。
しかし、出展物のほとんどは女性と子供の衣類とオモチャでした。夢耕人が興味を引きそうな物は有りませんでした。
「ぼちぼち帰ろうか!」と言う夢耕人に対して、「もう少し待って!」。この「もう少し」の物理的時間は同じですが、二人それぞれにとっての時間の長さの感じ方は、やはり違います。
そして、春は、「もう来たのか!」、「やっと来たのか!」――この中にも、感じる時間の長短が入っています。






       
2017. 02. 20  
      Dendrobium kingianum
    デンドロビューム
小さな花が下向きに沢山付ける、“可愛さ” が売りです。

 数日前、気象予報士が「山口県を含む九州北部地方で春一番が吹きました。山口県では二年ぶりです」と、少し嬉しそうに言っているTV画面を見ながら「うん?」と思いました。その日は、行政区分とは関係無しに起こる気象現象だから、県東部に位置する『夢ガーデン』では風の力が弱い良い天気だったからです。
 そして、春一番が吹かない年があるのかと、不思議に思い気象庁のHPを閲覧すると、「冬から春への移行期に、初めて吹く温かい南よりの強い風」を春一番と定義していました。でも、「冬から春」のもっと具体的な日時は?、「強い風」の風速はどの程度?、疑問は解消されません。そこで他を検索してみると、どうやら、①立春から春分の間で初めて、②日本海にある低気圧に向かって吹く温かい南風が、③10分間平均風速で 8m/秒以上の強い風のことのようでした。これらの条件が揃わないと、春一番は吹かない事になります。合点出来ました。さらに、春二番、春三番は無いと記された記事もあり、有るとの見解も見受けました。

 ところで、一番には驚嘆や賞賛を込める場合が少なくなく、記憶や知識に残ります。「日本で一番高い山」、「世界中で一番人口の多い国」、「この分野で日本の中で一番の実力者の〇〇さん」、「ワールドチャンピオンの△△さん」等々、多くの人が知っています。
しかし、二番、三番となると知名度がドンと落ちます。「富士山の次に高い山は?」、「中国の次に人口の多い国は?」と聞かれて、即答できる人は多くない気がします。でも、一番から三番までが非常に重要で記憶に残る人達がいます。オリンピックのメダリストです。金メダリストは言うに及ばず、「〇〇オリンピックで銀メダルを取った誰々さん」とか「元オリンピック銅メダリスト」と呼んで紹介されます。
 一番にはウキウキし、二番三番は呼んでも呼ばなくてもいい、そんな気分の『春一番』です。

 庭に黄色い小さな花を付けた(西洋)オキザリスが咲いています。形を少し崩したハート形三枚の葉っぱから茎が伸び、金管楽器の様な筒状の花は先端で大きく開き五つに割れています。この花は、日中は開き、陽が陰ると萎む性質があります。理由をネットで調べて見ました。「陽に当たると、花の内側の方が外側よりも細胞の成長度が大きく増加して外側に反り返る。つまり花が開く。陽が陰るとその逆になり、花は閉じる」、とのことでした。小さな花すべてが ‘ 光量センサー ’ を持っている事になるのです。情報を捉えたセンサーは花に成体反応を促します。本当に驚きです。
 このセンサーは小さいけれども、少々の風が吹いて揺れ動いても壊れる事がない、振動衝撃に強いのです。そこで、光量変化にどの程度の反応速度があるのか、晴れた日に定点観測をしてみました。

8時44分 10時33分
   8時44分            10時33分


12時33分 15時17分
   12時33分           15時17分


16時35分 17時39分
   16時35分           17時39分


 朝が遅い冬場とは言え8時44分には日の出からか1時間半経過していますが、花はまだ開いていません。10時半頃になると、光量センサーが作動始めるようです。お昼頃は「どうだ!」と言わんばかりに full open 。『夢ガーデン』の西側には高い竹林が被いかぶさっているので日の入りは、早い。15時を過ぎると花の勢いに陰りが出てきます。17時過ぎると花は言います「good night 」。
太陽高度がまだ高くなく光エネルギーが弱い低い為にか、センサーの応答速度は鈍い気がします。では、曇天の日や雨が降っている時の開花は?、日が暮れても光りを当て続けると花は閉じないのか? ――― たとえ小さな花でも、‘科学の扉’を軽くノックします。

 庭の花をゆっくり観察出来るのは、まだ冷たさが残る風の中にも日差しが柔らかくなって来たからでしょうか。
1970年代後半に若く可愛い三人のアイドル娘が歌い大ヒットした、「もうすぐ春ですね 」を感じる時がやって来ました。
2017. 02. 08  
 「―― こさめながるるはるはきにけり」(会津八一)、と詠うにはまだ寒い日が続く中で立春が過ぎました。ただ、気圧配置の‘妙’なのか、立春の日は、春への移ろいを感じさせる様な日中(ひなか)で、風が無く、優しい陽が注いだ晴れでした。夜半からは静かな雨模様に変わり、まさか「はる」の「こさめ」ではないか、と思いました。

   ラッパ水仙
DSC_0007.jpg少し早いが咲いてます

 新聞各紙の朝刊一面にコラムの欄があります。朝日新聞は「天声人語」、読売新聞の「編集手帳」、毎日新聞には「余録」、そして産経新聞では「産経抄」などです。執筆者は、季節変化を感じるしなやかな皮膚感覚を持ち、政治の動きに鷹の様な鋭い目を光らせ、社会の声を聞き分ける兎の耳を持っておられる方々に違い有りません。そんな人達にとって、二十四節気に当たる日は話題の尽きない‘ネタの多い’日だと思い、図書館で2月4日の各紙のコラムを読み比べてみました。
 意外でした。購読している朝日新聞では梅の花の話題を記した文中で「きょうは立春である」、と接続詞的に一言出てきただけ。他の各紙は、立春に直接結びつく‘筆’が有りません。読売新聞は雪を被ったこの時期の富士山を題材にしたもの、毎日新聞では、昨夏の芥川賞受賞作の感想文コンテスト青少年の部で最高位になった女子高校生の話題、産経新聞には自転車の安全走行に関する啓発ものでした。「先が見えず変化の激しいとき」(天声人語)なので、コラムニスト諸氏も時代にキャッチアップするのが精一杯なのでしょうか。そして、現在、マスメディアで二十四節気を頻繁に使うのは、気象予報士だけかも知れません。

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Cattleyaの血をひくPotinara

 今、夢咲人は家の中では洋ランの植え替え、外では花壇のメンテナンスに集中しています。
 先ずは洋ランの植え替え。
古い鉢から洋ランを取り出し、古い水苔と傷んだ根は取り除き、大きくなりすぎた株は一回りおおきい鉢に移し替えるか株分けをします。その後、新しい水苔を根に巻き付け鉢へ押し込んで完了です。その際、ハサミなど使う道具は全て焼いて消毒します――この点が重要なポイントだそうです。合わせて、ネームプレートの確認や支柱を再セットをします。植え替えを終えると十日間は水をやりません――根の吸水力が弱いからだと教えられました。
 何故今年は植え替えにこれ程まで、注力するのか不思議でしたが、どうも、今年の洋ラン展で、「優秀花賞」を逃し悔しかったのが動機みたいです。「来年こそは!」との思いが強いようです。気合いが入っています。
米国新大統領風に言えば、Make My Orchids Beautiful Again !  なのでしょう。

 春から秋にかけて『夢ガーデン』は、花木の手入れや草刈りに追われるので、花壇のメンテナンスやデザイン修正、崩落した場所の修復など‘インフラ整備’は、この時期に行います。
 花壇の縁の資材は二種類あります。コンクリート品質検査用テストピース、ガーデンブロック、ガラスブロック、古瓦、河原から拾ってきた石、田んぼの畦作り用の波板などの半永久的に使える物と、切り出した孟宗竹や太い木など‘賞味期限’のある、生ものです。作ったときは青々として清々しさがあった孟宗竹も年月が経つと薄茶色に変色し、木の皮ははげ落ち中心部はスカスカに朽ちていきますので、どうしても取り替える必要が出てきます。孟宗竹はすぐ横の竹林から切り出せますが、太い木を確保するのは難儀な作業です。だから、花壇の縁は順次、 半永久的資材に変える事にしています。そして、この作業は「今でしょう!!」。

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 夢咲人は今これに精力的に取り組んでいます。古瓦を数枚立てた後にテストピースを置く、そのテストピースを場所によっては寝かせる、和風色を強調するには石をずらりと並べたり、根域制限を兼ねた波板設置など、結構工夫しながら作業に夢中です。樹木の根が張りだしている所はツルハシで地面を掘り起こし、資材を水平に保つ為に水平器で確認しながらハンマーの頭で立てた部材の頭をコンコンと叩き、倒れない様に回りはクラッシャーランで固めます。このハンマーは1.4kgもあるので結構な重労働です。手元が狂い左手の上にハンマーを打ち下ろしたのも1度ならず。黒い内出血が薄くなり腫れが引くと、また作業開始です。憑かれた様に作業するので、疲れるでしょう........。

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 一方、夢耕人は、冬場に立ち枯れた草木の整理と竹林の整備に追われています。それらを一箇所に集め、風が弱く、雨模様に変わる日を選んで焼却処分作業がメインです。時には、夢咲人の作業に必要な資材を運搬するトップカーを走らせています。

 『夢ガーデン』の梅は、まだ小さな蕾です。春は立っていません。
「はーやくこい」と願う‘みよちゃん’の声が聞こえる気がする、立春の頃です。
2017. 01. 27  
 「新春を寿ぎ」と温かい春の到来を喜んで書かれた文面の記憶が残っているのに、一年で一番寒い“大寒”がやって来ました。陰暦から新暦に変わり、季節感に一ヶ月の違いがあるにもかかわらず、「新春を寿ぎ」の言葉が残っているのは、年が変わり、物事が新たに始まる季節は、やはり、春が良いのかも知れません。そう言えば、英語の“spring=春”にも、勢いよく飛び出すことを連想される“spring=スプリング、泉”の意味が有ります。

 シンフォニア岩国の会場を借りて、岩国蘭友会主催の『新春洋ラン展』を開催しました。より綺麗に、より大きく開花する様にと一年掛けて育てた洋ランの晴れ舞台です。粉雪が舞い、山間部では積雪まであった二日間でしたが、千人を超える人が訪れました。『夢ガーデン』オーナー二人の作品も満を持しての参加です。

 前列左側は夢耕人の「寄せ植え」です。孟宗竹のベースの中央に今年の干支・酉の置物を配置し、周りを Cattleyaをメインにした花々で飾りました。後列には夢咲人作品。白い清々しい Cattleya が在り、すらりと伸びた Laelia anceps が背丈を競っています。前列右耑には小さな Paphiopedilum が可愛く座り、バックの壁には品の良い薄紫の花の Vanda もハンギングしました。

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 昨年の展示会では夢咲人が『優秀花賞』、夢耕人が『ディスプレー賞』を受賞したので、今年も、と意気込んだのですが、「栽培に励んだ点や、飾り付けの労は多とするが、花の姿形としての評価は『努力賞』止まり」、との審査結果で、少し残念でした。



 そして今年の最高位『岩国市長賞』は、ベテラン坂本さんの Cattleya trianae でした。確か、坂本さんは昨年も市長賞受賞だった気がします。
 『岩国市長賞』をジッと見つめていた夢耕人の側に寄ってきた高齢のご婦人が、「立派な賞のこの花よりも、私はこれの方が好き」と nontitle 花を指さしながら話しかけて来られました。経験豊かで、栽培技術の難度を知り尽くしている審査員の目と、一般の人の好みが合致しない事が、美を愛でる世界にも有るようです。例えて言うならば、プロ野球内野手のゴロさばきでも、「難しいゴロを、簡単そうに捕球する」よりも「簡単なゴロを、派手に捕球する」方が、ファンに受けが良い――こんな差かも知れません。

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 洋ラン展開催中に当施設のイベント情報から、綾戸智恵が出るコンサートが有る事を知りました。小柄な体でパワーフルな歌い方はTVでしか見たことが無く、「何時か機会があれば、生で」と思っていました。高い入場料を気にしながら空席状況を確認したら、「まだ空席があります。今ならS席をペアーで購入されるとデスカウントします」、との返事。何と隣同士のS席二枚買うと、正規価格の6割で、座席2ランク下のB席よりもやや高い程度――早速チケットを購入しました。二週続けてのシンフォニア岩国行きです。

 綾戸智恵は、ハリウッドフェスティバルオーケストラの『ニューイヤーコンサート』のスペシャルゲストシンガーでした。
このオーケストラの演奏曲目は、名前の通り、開演直後から、スーパーマン、インディージョーンズ、タイタニック........と、「懐かしの名曲からハリウッド最新作、ゲストのヒットソングまでカバーする」(宣伝パンフ)ものでした。そして、途中からステージ後方の壁に曲に合わせて映画の一部が映し出され、目と耳を楽しませて貰いました。ただ、時としてナイーブに、又、時として激しく旋律を追いかけるバイオリンなどの弦楽器の数が少ないのと、会場を切り裂く様なトランペットなどの管楽器の迫力が気になりました。この事は後で登場した彼女が、ハーモニーの見事さを認めながらも、いみじくも、「経費削減の為か、数が少ないね!」と言っていました。夢耕人の‘耳’もまんざらでも有りません。

 恰幅の良い黒人男性のボーカルに続き、彼女の登場でした。その第一声が「毎度、おおきに」。日本語が解らない楽団員は、「何故、可笑しいのか?」、とキョトンとしている中で、コテコテの大阪弁に会場は大爆笑でした。渡米してジャズを歌い、黒人男性と結婚して一児の母になり、そして離婚。帰国後は、脳疾患の母親の介護で死まで考えたが、それを乗り越えた強烈な人生経験を持つ智恵キャラの真骨頂かも知れません――逆境を乗り越えた人、特に女性は強い。
 150cm足らずの上背しか無いと見受ける体から発声する歌声は、やはり、迫力がありました。1957年生まれと言うことなので、『夢ガーデン』オーナーとちょうど十歳違い。「あんたら、もっと元気をださんと、あかんでー」と言われた様な気がした、楽しいコンサートでした

 寒さで萎んだ体を膨らますには、『新春』のウキウキ感が欠かせなく、『ニューイヤー』の清々しさも必要です。
2017. 01. 09  
新しい年が明けました。
 左は夢耕人の中学時代の同窓生の恒例作品
 右は夢咲人の力作.....縁起物がぎっしり
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 晴れて風も無く穏やかな天候に恵まれた、石川啄木の詩の通りの、元旦でした。
    何となく、今年はよい事あるごとし。
    元日の朝、晴れて風無し。


 ところが、新聞やTVでの『今年の展望』を見聞きすると、国際的には、頻発するテロ、戦乱を避ける多数の難民の流出、偏狭な過激思想で国論を分断をする政治勢力の台頭、英国のEU離脱、中国の膨張政策、隣国韓国の混迷など、「よい事ないごとし」の感があります。
そして、最大の不安材料は米国次期大統領の政策展開です。まだ就任していないトランプ氏のつぶやきに、世界中が振り回されている様です。新聞掲載川柳の欄から引用させていただきます。
     新年は一月二十日からのよう

 一方、国内では社会保障の問題、格差是正の取り組みなどは形だけで解決策は先送りしています。“先”が無いのに“先”に送る政治は、イソップ童話のキリギリスです。そして、現政権は、経済が上昇し始めると憲法問題を持ち出し、逆に経済政策が旨く回らないと引っ込める、を繰り返しています。その経済政策も、金看板の「三本の矢」は失速しているにも関わらず、有効な次の“矢”を打てていません。そして何よりも、「何故、自分達への支持率が上がらないのか」を知らない野党の存在は、高い支持率を誇る首相にとっては、「今年もよい事ある」のでしょう。首相にとって「よい事」が、国民にとって「よい事」とは必ずしも言えませんが。

  
  改札口から弾けるような笑顔で飛び出してきた孫達を、優しく嬉しそうに出迎える祖父母――この時期TVで必ず放映される帰省ラッシュの映像ですが、『夢ガーデン』にも、小晦日(こごもり)と大晦日に、娘達がそれぞれ孫を連れて帰って来ました。孫の甲高い声に驚き、成長した姿に喜び、笑いも途絶えることはありませんでした。トランプリスクがあるとか、少子高齢化で財政が破綻しないかとか、心配すればその種は尽きませんが、「それはそれ」と割り切れば、年末年始はジジババにとっては golden week かも知れません。 

 『紅白歌合戦』を横目で観ながら、すき焼きに箸を伸ばし、時間が下がり孫達が眠った頃には蕎麦を食べて年を越しました。
明ければ、お屠蘇を頂き、ワイワイ言いながら夢咲人手製のお節料理を食べました。最近、お節料理を作らない家庭が増えたと聞きますが、「この素材はどこで手に入れたの?、どう味付けしたの?、縁起物の謂われは何?」などを話題にする事自体、世界中で追い風を受ける和食の味に‘奥行き’をもたらすのではないでしょうか。
 
 元旦の午前中、皆んなで『夢ガーデン』を散策しました。この時期花が少ないので、伊予柑の実の付き方をゆっくり見ました。
正月料理を席捲する和食に対して、昼食は洋食ピザの登壇です。夢咲人の作るピザのトッピングは、試食した人全てが絶賛です。
そして今回は、夢咲人が孫二人に生地の作り方を伝授しました。二人共、結構真剣でした。孫達にとって、このピザが「今風おばーちゃんの味」になるかも知れません。

ミカン ピザ

 元旦の昼からは、隣町の『フラワーランド』に出かけ、餅まきの餅をひらい、ゲームに興じ、遊具で遊びました。孫達はとても楽しそうでした。「楽しそう」を見て「楽しい」のだから、ジジババは、やはり、孫には甘い。

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 次女一家が帰った翌日、長女親子を連れて呉市の『大和ミュージアム』へ出かけました
『夢ガーデン』オーナー二人も呉市を訪れるのは初めてであり、『大和ミュージアム』がどんな所か見当もつきませんがでした。でも、当時としては世界最高技術を使い、どうやって戦艦大和を造ったのか、そして、何故撃沈されたのかなどを、軍港とした発達した呉の歴史を織り交ぜた興味深い展示館であり、わざわざ出かけた価値がありました。特に実物の十分の一の模型は、兵器としての力強さよりも、船としての美しさを感じましたし、最高技術の詳しい説明も感心する所も少なくありませんでした。小学五年生の孫も「ショボイのではと思っていたが、良かった。」と言って関心を示していました。ただ、当時の最大射程距離を持った46センチ主砲の“戦果”が「展示されていないなー」、と疑問を持ちました。その時は「たぶん見過ごしたのかな」、程度の思いで舘を後にしました。

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 帰り際に館内ショップで軍事評論家、戦史研究家、作家などの論客の座談会を本にまとめた『零戦と戦艦大和』(文春新書)をお土産として買いました。読んでびっくり。なんと、大和は「実践ではほとんど働いていません。(略) ほとんど一発も敵艦船に命中させることなく、沖縄特攻で沈んでいった」と。
 思えば、太平洋戦争の戦端を開いた真珠湾攻撃の成功で日本軍は、「これからの戦争は航空機の時代であり、必要なのは戦艦ではなく、空母である。」事を学んだはずです。しかし、起工から四年を要した戦艦大和が、真珠湾攻撃から十日待たずに竣工しているのです。そして、少ない護衛戦闘機だけで沖縄方面へ出撃させられ、圧倒的な数を誇った米軍攻撃機の猛攻を受け、三千名を越える乗組員と共にあえなく最後を迎えました。軍上層部も「航空機の無い戦艦では戦いは出来ない。」と判っていたのでしょうが、突っ込ませました。大和が海底に沈んだ日から遡ること六ヶ月前、名機と言われた零戦にも特攻を命じています。
指導者の狂気の判断は、莫大な人々の“未来”を奪います。これは、戦争だけに限りません.....。
 お屠蘇気分に浸った中で見た“大和”からは、「どんなハイテク装置器機でも、その限界に気づかず無茶な運用をすれば、無残な結果が来る。ひょっとすると、原発もか!」との思いを抱かせました。

  先達の 言葉身にしむ お正月
    仲良きことは 美しきかな   ――  夢咲人 

 
2016. 12. 29  
 『夢ガーデン』オーナー二人にとって、それぞれ昔懐かしい人が、二日続けてやって来ました。

 最初の日は、夢耕人の学生時代の同級生。「近くまで来たので、今から行ってもいいかい?」との電話が有った時、一瞬「誰?」と思ったものの、珍しい名字なので直ぐにN君と判りました。最後に会ったのは四十数年前で、その後は、一年に一度の年賀の挨拶に書かれた数行で動静を知るだけした。しかし、セピア色にくすんでいく記憶の色も、顔を見た途端、彩度が高くなりました。これは‘同じ釜の飯を食う’時間が濃密で有った証かも知れません。

 早速、『夢ガーデン』を案内しました。この時期花が少ないのが残念でしたが、如何に荒廃した田畑をREBORNしたのか、作庭に際して随所にどんな形で“創作”を入れたのか、花木の配置をどうしたのか等々を説明しました。

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N君の花木の知識が詳しいのが意外でした。夢咲人曰く、「あんたよりも、よく知っている」。そして後日、「毎年たくさの花が咲く、手作りのガーデンを見せてもらって良かったです。」と写真と共に届いた礼状にありました。

 一巡した後、部屋の中でコーヒーを飲みながら昔話をしている最中、N君がリビングに飾っている夢咲人作のモラ刺繍に大変興味を示しました。「モラ刺繍て、何?」、「どう縫うの?」、「デザインは誰が造るの?」等々。写真も盛んに撮っていました。夢咲人は、「来客の中でモラ刺繍の写真を撮った人は初めて!」と、いたく感激していました。聞けば、N君はいまでも針を造るメーカーの技術アドバイザー(?)をしているらしく、「なにで、どう縫うのか」には“技術屋の血”が騒ぐのかも知れません。

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 翌日の来園者は、夢咲人が教鞭をとっていた時の教え子のジュンコちゃん。夢咲人にとって、スペイン人の夫君と彼女には8年前に会っていますが、今回は小学一年生の愛息を連れての再会です。夫君が観光関連の仕事をしている地中海の大きな島は観光オフシーズンの為に、この期間を使って一家は帰国(夫君にとっては来日)し、里帰りしたそうです。彼女の実家は広島市近郊にあり、このブログを見て、「是非、先生にお会いしたい。」と、思い立ったとの事でした。

 確かナオキ君と言った彼女の愛息について驚いた点が二つありました。一つ目は、夢咲人に言わせば「条件さえ合えば簡単」らしいけれども、たった一ヶ月程度でも地元の小学校に通える事です。企業活動のグローバル化が進み、一時的“帰国子女“”が珍しくない現在では、こんな事は簡単と言うよりも当然なのかも知れません。でも少し驚きました。よその国の事情は知るよしもありませんが、たとえ使う言語が違っても、義務教育制度が整った国の教育課程の年齢毎の進捗度は似た様なものなのでしょうか。そして、「すべての国民は、(略)、ひとしく教育を受ける権利を有する」と詠う憲法26条は、やはり良い、と思いました。
 次に驚いたのはナオキ君のバイリンガル。あまり日本語が得意でない父親と話す時はスペイン語。母親との会話はもっぱら日本語で、それも広島弁。大したものです。そう遅く無い時期に彼は英語も身につけるでしょう。そうなれば彼はトリリンガル。頑張れナオキ!!。

 夢咲人の手作りピザを皆んなで食べて後は、冬の『夢ガーデン』散策です。
初めて『夢ガーデン』を訪れた人は、先ず、この広さには驚きます。彼女達も例外ではありませんでした。所々で立ち止まりビューポイントの説明を聞きながら頷いていました。夢咲人も以前の写真を広げ、「before & after」を熱く語っていました。そう言えば、夫君も盛んにカメラのシャッターを押していました。ついに、『夢ガーデン』もグローバルにステップアップ――と、かってに思っています。

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 一家が広島に帰る途中、ナオキ君が行ったことが無いとのことで、錦帯橋を案内しました。
岩国駅での別れの際、ナオキ君がハグしてきたのに夢咲人が驚いていました。そうです、彼は、「ナオキ」では無く、「Naoki」になっていました。
   
 
   我がガーデン 訪れる人 いろいろと
      懐かしさあふれ 花も喜ぶ    ―― 夢咲人

   まさかまた 我がガーデンを 散策す
      母となりし  君と花見ゆ     ―― 夢咲人



2016. 12. 08  
      木守柿 
木守柿遠景木守柿アップ

 『夢ガーデン』オーナーから鳥達へのプレゼントの柿の実が、ほとんど葉っぱが落ちた木にまだ残り、秋の優しい陽に輝いています。動物に比べて鳥の味覚は鈍いと聞きますが、渋柿は、やはり、お口に合わないのかも知れません。
 
 今年の柿は裏年の様です。「葉、枝、根の成長や、果実の肥大化に使われた糖の、余った分は木のあちこちに蓄えられ、冬の間に花芽をつくり、結実に使われる。従って、残った分が少ないと(その年に多くの実を付けると)、翌年の実りは少ない」(JA福岡の解説文からの抜粋)。これが、果実の表年/裏年のメカニズムだそうです。エネルギーを大量消費した後は、自らの活動を抑制し、命を繋ぐ自然の営みは合理的です。さらに、翌年の瑞々しい若葉の為に、樹木は自らの衣装も脱ぎすてます――落葉。色づいた葉が一時に落ちる様には侘しさを感じますが、実は明日への逞しさを内に秘めた立ち姿なのです。

 ところが人間は、「明日の為には今日を抑制するメカニズム」に逆らって来ました。限りある化石燃料の石炭を、そして石油を、貪り続けて経済性と快適さを追いかけてきました。立ち止まる事に背を向けたまま、次に選んだのが原子力です。しかし、原子力が辿り着いた先には、「チェルノブイリ」があり、「フクシマ」が待っていました。
想定外――何度も聞いた言葉です。今の科学技術では手に負えない原子力を、「安価で安定的なベースロード電源」(資源エネルギー庁のHPから)とする発想は、短絡的であり、自然に対する畏怖が無く傲慢そのものでは無いでしょうか。木守柿一個からも、エネルギー問題にまでに想いが広がる秋は、確かに深まって来ました。

トラック積み込み トラック荷台
 先日、軽トラを駆って往復250km走りました。
小中学校の同窓生から古瓦があると聞きつけた夢咲人が、「遠いけど貰いに行こう!」と言い出したのがきっかけで、久しぶりのMT車運転。クラッチ操作には気を遣いながらの所要時間は片道3時間以上になりました。
 『夢ガーデン』の彼方此方に古瓦を配しています。単独で、あるいはテストピースなどと組み合わせた花壇の縁取り、川を模した流れる水路の両岸など、それぞれ趣を持つものの、中には小さな割れ目に浸み込んだ雨水が、冬に氷に変わり割れ目を広げた瓦も有ります。しかし、今回百数十ー枚調達した石州瓦は、高い温度で焼かれているので凍害に強く、赤褐色の釉薬は雅趣を深め、夢咲人の‘創作’意欲を後押しするのは間違いありません。

割れ瓦 瓦置き場

 古くて使わなくなった物、建物などを取り壊して出てきた廃材、余り物で利用価値が小さい部材を、『夢ガーデン』では積極的に使っています。瓦がそうです。レンガもガラスブロックもそうです。そして、産廃になるコンクリート試験用テストピースも作庭には貴重な資材です。環境省と経産省が「循環型社会の形成の推進」を掲げるの3R政策(Reduce,Reuse,Recycle)への積極的参画、とオーナー二人は自画自賛しています。

 ReuseやRecycleの資材で造るガーデンでも、“REBORN”の足跡が残っていきます。
2016. 11. 23  
  ガーデンシクラメン レビュー
ガーデンシクラメン

 欧州から輸入され、露地に植えても寒い冬を越える様にと品種改良されたガーデンシクラメンが、『夢ガーデン』に咲いて居ます。ミニの血を引くので、クリスマスの頃に花屋さんの店頭で人気を集める一般的なシクラメンよりも小ぶりで、可愛いというよりも愛らしい。花言葉に「遠慮」や「気後れ」を持つものの、三つ列べると、一人一人はシャイな女の子が幼稚園の「お遊戯」では、友達と一緒に舞台中央にグッと進み出てくる姿を彷彿とさせる‘妙’があります。


 晩秋の暖かい日に、年賀状に載せる写真を探して『夢ガーデン』を見渡すと、ピッタリの構図が見つかりました。
コリウスとセイジをバックにし、三輪自転車に颯爽とまたがる来年の干支、鶏です。幼児の遊び道具として安定性を重視した三輪と、睨み付ける様に前を見つめる鶏の組み合わせは何処かコミカルです。
早速、年賀状用としてノミネートしました。

鶏の置物

 この暖かさは小春日和と呼ばれます。英語では Indian summer と言い、語源は色々あるようです。その中の一つが、ある英会話教室のHPに紹介されていました。「植民地をめぐる争いが行われていた頃の北アメリカ。アメリカンインディアンは入植者に奪われた土地を取り返すための襲撃の時期を決めるのに、雪が降ったり、底冷えして霜が降りたあと、あたたかくなることが見込まれる時を選んだ。そうすれば、溶けた雪や氷が地面をぐちゃぐちゃにして自分達の足跡を消してくれ、追われることはない」と。

 この説には、インディアン(先住民)だけの狡猾さを一方的に強調した人種差別の色を感じます。昔の西部劇映画の中でのインディアンは、文化が低く、野蛮で狡猾さも持った悪役として描かれているものが多くありました。鷲の羽根を頭に付け、褐色の肌を剥き出し、裸馬に跨がって、開拓者の馬車を、村を、襲ってくる――こんなシーンは幾度も観ました。そして、その対極としての開拓者は、夢を持ち、勇敢で我慢強い人々(多くの場合、白人)として描かれていました。先住民の土地を暴力的に奪い、彼らを狭い所に追い詰めた方が英雄だと。‘古き悪しき’アメリカです。しかし、人種差別撤廃の機運の盛り上がりと共にこの様な描かれ方は消えた気がします。事実、BSTVで繰り返し放映される古い映画にはほとんど入っていません。
しかし、言葉は残り、消えていません。Indian summer

 一方、日本語の、小春日和、いい響きです。段々寒くなる中で、ホッとしたくなる春の暖かさは有り難い。遅れた冬支度を急ぎましょう。紅葉狩りに山に出かけましょう。

 厳冬に歩を進める季節のしばしの小休止を、差別語ではなく感謝で表した方が、心も暖まります。

 いつまでも 草元気かな 小春日の
    カエルも出でて 背伸びするなり   ――  夢咲人


 
2016. 11. 08  
     リビング前に咲いている極楽鳥花
極楽蝶花

 数年前譲り受けた時は鉢植えでしたが、0°Cまでの耐寒性が有り露地の方が元気に育つとのアドバイスに従い、リビング前の花壇に植えた極楽鳥花が、真夏の直射日光を遮光幕で避けた今、見事に開花しました。
 1メートルを越えるスラリと伸びた茎は、先端から20cmぐらい手前で直角に折れ曲がり、紫色とピンク色を少し混ぜたオレンジ色の花を上向きに付け、先っぽは鋭い刃先の様に尖っています。名前の由来通り、それは、極楽鳥のトサカであり、クチバシです。南の国では珍しくないそうですが、日本では高級な切り花として人気がある様で、あまり生け花展に出向かない夢耕人でも、何処の会場で見かけた様な気がします。

定期公演看板 能舞台由来

 文化の日に、8名で伝統芸能の狂言を観に山口市の野田神社に出向きました。狂言観賞なんて初体験です。
夢咲人の小中学校の同級生の発案との事で、当初、「古典芸能に造詣深い人がいるのか!。一体誰?」と驚きましたが、終わってみれば、皆んな、物見高さだけで参加した様で、ミニ同窓会をしたかったのが本音でした(?)。

 狂言が上演された野田神社の能楽堂は、山口県の指定有形文化財であり、案内板によれば、「明治維新70年を記念して建立された総檜造りの本格的能楽堂で、一流の規模、質を誇っている」との事でした。この地で四年間過ごした『夢ガーデン』オーナー二人はこの事を全く知りませんでした。そして、狂言と能の区別も知らない夢耕人にとっては、狂言に流派があり、今回観賞した流派は「山口鷺流」である事も初耳でした。

 演目概要が書かれたプログラムに目を通し、演技開始前にはコメンテーターからの詳しい説明や見所の解説を受け、開演を待ちました。
 いよいよ橋掛けから狂言役者の登壇です。松が描かれた舞台での所作は興味深いものでしたし、‘予備知識’のお陰で演者の掛け合いなども少しは理解出来たものの、直ぐに飽き、プログラム途中で、ミニ同窓会の場所に移動しました。「無邪気」に笑えた時間は長く有りませんでした。何故でしょうか。

演目二人大名 演目文荷

 かなり以前、外国喜劇の舞台中継を、字幕付きのTVを観ていた時の事を思い出しました。タイトルもストーリーも出演者も全く忘れてしまいましたが、何故か記憶に残っています。
 コメディアンが滑稽で面白い台詞を言った時、その言語を理解出来る観客はドッと笑います。しかし、字幕を追わざるを得ない人は、ほんの少し遅れて笑います。その時間は1秒の何分の一、もしくは何十分の一のタイムラグであり、‘間(ま)’が発生します。この間が気になって仕方なくなりました。又、歴史も文化も違うので、コメディアンの台詞が「どこが、なぜ可笑しいのか?」と思う感覚のズレもしばしばありました。笑わないこの時の間は、次の可笑しい台詞まで長く続きます。

 ひょっとすると、この間が、狂言がおもしろく無くなった原因の一つかも知れません。
‘予備知識’で可笑しい点を多少理解していたので、その台詞を役者が言った時、「あ!、この事か!」と気付きます。耳から入った情報が即笑いへ結びつかず、情報伝達は、一端判断回路へ迂回し、「○○だから面白いのよ」なれば、笑います。ここに、間が発生します。マイクを使わないので時々聞き取りにくい場面もある点をも合わせると、段々面白く無くなります。
そして、可笑しいと思う感覚のズレは、狂言理解への溝をさらに広げました。

 夜、そんな事を思いながら、弓が弦で引っ張られている月を眺めています。「あと何日で満月か?」この待月の間はけっして悪くありません。物語さえ浮かんでくる、間です。
 所詮、人間の作る間は自然が造る間には、かないません。
プロフィール

reborndreamgarden

Author:reborndreamgarden
6年前山口県岩国市へUターンし、荒廃した田畑
を夢のあるGardenに再生(REBORN)しようと
思っている団塊世代の夫婦です。
(ちなみに私たち夫婦は同い年です。)

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お願い
夢ガーデンは、広いスペースがあります。 これを管理・維持するハード面、ソフト面のアドバイスをして下さい。 ただし、cheapである事に特段のご配慮をお願いします。 出来るだけ自分達で作る、これが楽しみです。 夢耕人のtel: 09073572603
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